ネルーダ 愛の詩(2)二十の愛の詩と一つの絶望の歌

ここでは、「ネルーダ 愛の詩(2)二十の愛の詩と一つの絶望の歌」 に関する記事を紹介しています。
 二十の愛の詩と一つの絶望の歌

 『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』が書かれたのは、一九二四年、ネルーダ二〇歳の時である。そのころ、かれはサンティアゴ大学の学生で、ソンブレロをかむり、ポンチョを着て、文学的ボへミヤンの生活をおくっていた。
 『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』には、恋びとを失った若者の、甘い愛の思い出、遠のいてゆく恋びとへの切せつとした呼びかけ、そして「捨てられた男」の死ぬばかりの悲しさと孤独などが、若者のひたむきさで歌われている。これらの愛の詩は、いろいろなシテュエーションにおいて「タぐれのうすら明りのなかで、海の波や霧のなかで、夏の嵐のなかで、木の葉の舞いちる秋のなかで、こうこうとかがやく月夜のなかで、またそうそうと吹く風のなかで、──あるときには直接的に、あるときには比喩や象徴的手法をもちいて、きわめて情熱的にうたわれている。
 『二十の愛の詩と一つの絶望の歌』の最初の詩は、つぎのように始まっている。

  女の肉体よ 白い丘よ 白い腿(もも)よ
  天の与えたおまえの姿は この世界にも似ている
  たくましいおれの農夫の肉体は その鋤(すき)で
  大地の深みから 息子を躍りあがらせるのだ
                 (『女の肉体よ……』)

 ここでは、女の肉体は、大地にたとえられ、大地とのアナロジーによって描かれている。丘があり、深い土壌があり、暗い河床がある。女の肉体を風景になぞらえて描いている詩は、けっしてめずらしいものではない。しかし、ネルーダの場合にあっては、これらのアナロジー、暗喩は、たんなる風景描写だけで終わっていない。つまり、女の肉体を描くという、イメージの作業だけが目標なのではない。言葉をかえていえば、それはネルーダにとって、ひとつの詩的技法だけに終わる問題ではなくて、ひとつの思想体系にもかかわっているのである。
 大地は、小麦や葡萄を育て、ひなげしやひるがおを花咲かせ、またイグワナのいる密林や大きな森を育てあげる。このような大地は、ネルーダにとって、生命生成の原点であり、原型である。この素朴な、野性にみちたマテリアリスムこそは、ネルーダがその少年時代をおくったテムコの森から体得したところのものであった。この汎神論的な匂いのするマテリアリスムは、ネルーダの愛の詩における主導旋律であって、その後のネルーダの詩のなかに、ますます意識的なものとなり、多様なヴァリエーションをあたえられ、多様な展開をみせて、くりかえし現われてくる。
(つづく)

<『愛と革命の詩人ネルーダ』国民文庫 1974年6月>

ロダン
オーギュスト・ロダン 『接吻』


関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/2965-7274dbaa
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック