『赤色戦線』・アラゴン事件(上)

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『赤色戦線』・アラゴン事件

 「ソヴェトから帰ってきたわたしはもはや同じ人間ではなかった。もはや『パリの農夫」の作者ではなく、『赤色戦線」の作者だった」(『社会主義レアリスムのために』)

 アラゴンはソヴェト滞在中、社会主義建設のはつらつとした息吹きに鼓舞されて、長詩『赤色戦線』はじめ幾つかの革命的な詩を書いた。それらは、詩集『迫害する被迫害者』に収められて一九三一年の末に刊行される。
 アラゴンはそれまで、自分の夢や個人の世界の追求・表現では、ある程度すぐれた技量に到達していた。しかしいま、彼が歌おうとしているのは、前例のない、まったくちがった世界であり、巨人のように社会主義建設を進めている人民の世界である。『赤色戦線』は、醜悪なパリのブルジョアどもへの攻撃と、彼が「東方」で見てきたこの赤いあけぼのへの賛歌──この二つの主題のうえに成りたつ。この詩に見いだされる風刺、扇動、罵倒はまさにその時代のものであり、当時の時事的問題が手当り次第にその対象となり、その鋭い筆致は効果的である。「植民地博覧会」、ロスチャイルド家、「マキシム」で夕食をとる連中、ブルジョアジーの全盛期、そのブルジョアのご機嫌をとるむかしの友人たち──「ピガール劇場のゴルフ場の背景を描きあげた」マックス・エルンストやジョルジオ・ド・キリコなど……。
 『赤色戦線』の冒頭はシュールレアリスト風な風刺で始められる。

  一九三一年 おれたちはマキシムにいる
  酒壜の下には絨毯が敷かれる
  やつら貴族の尻が
  生活の苦労とぶつからないように
  大地をかくすための絨毯……

 つぎには、この「マキシム」における夕食とは対照的に民衆への呼びかけが歌われる。

  パリよ おまえの石畳はいつでも空(くう)を飛び
  おまえの街路樹は 兵隊どもの進撃をくい止める用意ができている
  大きな図体をしたパリよ 振り向いて
  呼ぶがいいベルヴィル*を
  おーい ベルヴィルよ
  王たちが赤に囚われた町サン・ドニよ
  イヴリよ ジャベルよ マラコフ**よ
  ……
  街燈なんか 藁たばのようにひん曲げろ
  新聞売場(キオスク)も椅子も街の泉水も 放り投げろ
  ポリどもをやっつけろ

* ベルヴィルは労働者街で革命的伝統をもつ。
** パリ郊外の民主勢力の強い町で、赤いベルトとも呼ばれている。

ここに歌われているのは、もはや『パリの農夫』のパリではなく、労働者のパリ、革命的なパリである。新しい現実を歌うために、アラゴンはフランス人民の闘争と文化の遺産から学び、ヴィクトル・ユゴーの伝統をうけつぐ。
 さらに表現は詩語から遠ざかり、演説の言葉となり、ビラの言葉となり、散文的なニュースの言葉となる。

  だがすでにパンの八○パーセントは 今年(ことし) コルホーズのマルクス主義的な夢から作られた
  ヒナゲシたちは 赤旗になった
(つづく)

新日本新書『アラゴン』

パリ

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