fc2ブログ

 火 

ここでは、「 火 」 に関する記事を紹介しています。
   火
                                       アラゴン


もう思い出せない 遠い歳月をへて わたしは辿(たど)りつく
わたしのドラマも終って ここに辿りつく
哀れなわが魂のうえの 土くれの上に
きみのこころをかぶせて 膝ついておくれ

来てくれるのは 何んにも生えぬ禿げ山から
ちょろちょろと流れてくる 雪どけの水ばかり
泣いてくれるものも 火を燃やしてくれるものもいない
せめて苔むした掌(たなごころ)で 雪どけ水でも飲んでいよう

季節はもう どこを移り変ってゆくことやら
沼のほとりの夜のなか わたしは夢みたものだ
君たちの打ち鳴らす 戦闘配置の合図の音を
おお むらがる悪夢よ わたしの悪夢よ

砕けたさかずきから こぼれ流れる酒のように
姿かたちもないわたしの亡霊は どこへ急ぐことやら
土の重みにおしつぶされた すみれの花の
ほのかな香りに酔って わたしの足は千鳥足

もう夜もふけて ひいらぎの茂みも静まった
いまはもう 亡霊が手をつないで踊るとき
いつ何時(なんどき)でもいいのだ どこへなりとかまわぬのだ
小さな穴さえあれば 降りてゆくのに事足りる

かってわたしは 自分の中を遠く降りて行った
わたしは 深淵のどん底まで 知りつくした
火をともしておくれ わたしらの見たものが
そこにいま一度 みんなの眼に見えるように

あの頃はまだ このわたしという 布地も
ぼろぼろに擦(す)り切れるのに 耐えていた
あの頃はまだ 心臓もちゃんと 脈うって
胸もときめき こころも躍ったものだ

わたしの辿った運命は 楽しかった
だが 一年また一年とかさねた 年月のように
重ねたすべての接吻(くちづけ)も いまは跡もなく消えてゆく
つめたい土のしたで眠る わたしの唇のうえ

燈明に火をつけておくれ もう 葬いも終ったのだ
来てくれた人たちや車にも お引き取り願おう
ここは わたしの死を告げる 憩(いこ)いの場なのだ
ここは わたしの最後に辿りついた 墓石なのだ

わたしは 過ぎさった過去を 一挙に思い出す
絶望にさいなまれて さまよい歩いた日々を
この世にすねるよりも もっと偉大だった愛を
たのしかったこと 苦しかったことのすべてを

それらのものが わたしを生き永らえさせてくれる
もしもそこに エルザの名がなお輝いているなら
もしもそこに 愛の言葉がなお熱く燃えているなら
わたしは わたしに似たひとたちの中に生まれ変わる

わたしの手は 人目にもつかぬ 石のうえ
もう手にふれる 人の言葉もあてにはしない
わたしはもはや 色あせた一つの歌でしかない
歌った歌いぶりだけが そこに残っているのだ

たとえ花ばなや花の香りが 消えうせようと
ねがわくば冬の野の いつまでも緑であるように
さてわたしは 亡き人たちの処へ降りてゆき
わたしはそこで 眼を大きく見ひらいていよう

愛も死もおなじように 世間を騒がせるものだ
わたしは 自分じしんの最後を見とどけたい
火をともしておくれ わたしはここにいるのだ
いまもなお愛を抱いて

関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/295-27c4ea8f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック