傷ぐちは深くても

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傷ぐちは深くても


(詩集『きのこ雲』1956年)

ボビー・ジェームス


 傷ぐちは深くても
          ──横井看護婦さんの話──

言わなければいられません
原爆よりも恐しい水爆が 南の海に燃え
灰をかぶっただけのひとが
放射能におかされ 亡くなった と知ったとき

十年ねたままの 雲のかたちしか知らない
カリエス患者の膿をとりながら話します
一瞬に 燃えおちた瓦をはぐと
いわしのように焼け リンパ液に濡れた母の死体

なおらないまま 明日退院しなければならない
結核患者の背をぬぐいながら
弟を背負い 医者を求めてあるくと
腕にたれさがってきた ももの皮膚のことを

父と兄の 遺骸をさがして さまようと
死体の山にガソリンをかけていた兵隊のことを
ふえていく患者に疲れ 白衣をぬぐ元気もなく
宿舎の畳に頬つけて お友だちは聞いてくれます

疲労があたしのすべてとなり
宿舎のふとんによこたわる日は
手術をくりかえす弟をたのみ
眼をとじるほかに手当はない

ひきつれて動かない弟の脚
ふしぎに いたまなかったあたしの皮膚
やさしかった母に生きうつしと
ベッドの弟はほほえむ けれど

あたしの眼を美しい と云うひとに
あなたのみひらかれた眼にも見えない放射能が
あたしを 次第に虫ばんでいくのよ
と 告げては背を向けてきました

いまの医学や いつわりの償いや慈善では
あたしと弟は もうなおらないでしょう
すけてみえる手の にごり血の流れる静脈をなで
ひとりの静かさに耐える

けれど 明日もまた話しましょう
白衣をまとった間の 悲しみを忘れるひととき
傷ぐちを みずからおしあけ
わたし達 姉弟のようにならないように

隙間から表通りをみつめていた
唇のないお友だちにかわって
署名してください と
傷ぐちをおさえて言いましょう

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