青山伸さんにお別れ

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青山

5月8日にお亡くなりになった青山伸さんのお別れに小熊ふさ江さんと行きました。
小熊忠二さん、岡沢光忠さんらと国鉄長野工場で詩のサークルをはじめたのが最初で、「角笛」「呼子」に参加して詩を書きました。多くの国労の仲間とともに首切り合理化の犠牲になり、苦労されたそうです。

青山

青山伸詩集「きのこ雲」(発行:呼子詩話会 1956年6月20日)をふさ江さんがお持ちになりました。
あとがきには「また南の海で水爆の実験がはじまり、雨期の日本のあちこちで、ガイガーが鳴りはじめている。それに仲間のすすめもあり、小さなものであるが原爆詩集を出すことにきめた。ここに収録した作品の大部分は「呼子」「角笛に発表したものである。」

信州大学の名誉教授であった鷺坂修二さん(角笛同人・昨年ご逝去)の娘さんから<角笛同人の中の青山伸様の「きのこ雲」の出版祝賀会の写真も残っていました>とメールがあったことを伝えましたら、息子さんは鷺坂修二さんのことをご存知で、小熊さん、立岡さんらと交流していた、専門は工学係で詩は書かなかったようだ、その写真を探してみる、と言われました。

青山

青山さんの息子さん「博光のことを覚えている、長野市で講演会に来た帰りに、父と一緒に車で松代まで送った、ベレー帽をかぶっていた」

生前、お会いしてお話を聞けなかったことが悔やまれます。ずっと詩誌「歌ごえ」3号を見せていただきたいと思っていたのに、存命ではないかもしれないと思い込んで連絡する努力を怠りました。小熊ふさ江さんが親しくしていたことを知らずにいたことが残念。あまり知られていない青山伸さんの詩についても発掘していきたいと思いました。
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