「パリ戦争の歌」(中)

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 一八七一年五月十五日、ランボオはポール・デムニにあてて、有名な「見者の手紙」といっしょに、「パリ戦争の歌」を送る。彼はこの詩をみずから「時局詩」と呼んでいる。つまり、この詩は、ヴェルサイユ軍によるパリ砲撃の始まった頃の状況の詩である。
 一八七一年四月以来、ヴェルサイユ軍はパリ郊外に砲弾の雨をあびせる。四月三日、モン・ヴァレリアン要塞の砲台は、マイヨ門、ヌーイ、アスニェール、ルヴァロワを砲撃した。ランボオはこの詩で、ヴェルサイユ政府にたいして怒りをぶちまけ、痛撃を加えている。

   パリ戦争の歌

 まぎれもない 春だ なぜなら
 緑の大邸宅のなかから 爆弾を飛ばす
 ティエールとピカール*1の輩は
 満開の栄光を手にしているからだ

 おお五月! なんと気違いじみた丸出しの尻!
 セーブル ムードン バヌー アスニエールは
 聞くがいい 歓迎されたやつらが
 春めいた代物*2を まき散らすのを

 やつらは軍帽 サーベル 太鼓(タムタム)*3をもち
 蠟燭をたてた 古い提燈などもたぬ
 そうして 血で赤く染まった池*4を
 ボートに乗って おし渡るのだ

 いつにもまして おれたち浮かれ騒ごう
 おれたちの あばら屋のうえに
 黄色い玉の 降りそそぐとき
 なみはずれた 特別な夜明けに

 ティエールとピカールは エロス*5だ
 へリオトロープの 抗奪者だ
 やつらは 焼夷弾で コローを描く*6
 やつらの軍隊をやっつけよう

 やつらは「大ぺてん」に馴れている
 ファヴルはグラジオラスの中に寝転んで
 まばたきをして 空涙を流し*7
 こしょうを嗅いで 鼻を鳴らす

 おまえたちの撤く 石油の雨にも拘らず
 偉大な首都は 熱い舗道をもつ*8
 断固として おれたちは そんな
 役柄のおまえたちを 払いのけねばならぬ

 そうして 長いことあぐらをかいて
 もったいぶっていた 「田舎者ども*9」は
 小枝の折れる音を 聞くだろう
 あたりを 赤く掠める音のなかに

注1 ティエールとピカール──ヴェルサイユ政府の首脳であり、コミューヌの弾圧者である。
注2 「春めいた代物」──砲弾を意味する。ヴェルサイユ軍は、ポルト・マイヨ、ヌーイ、テルヌ、アスニエール、ルヴァロワ等を砲撃した。
注3 ランボオはヴェルサイュ軍を、サーベルをさげ、土人の太鼓(タムタム)で進む野蛮な一団として描いている。
注4 パリの中心へ進撃するために、ブーローニュの森の池を渡る。
注5 エロス──コミューヌの風刺家は、ティエール、ピカール、ファヴルを腹のつき出た、醜悪な三美神─愛の神(エロス)として風刺した。
注6 コローを描く──焼夷弾で照らされた風景は、コローの絵のような赤みを帯びる。
注7 ファヴル──ジュル・ファヴルは外務大臣として降伏条約の交渉にあたり、一八七一年五月十日フランクフルト条約に署名する。彼は空涙を流し、よく鼻を鳴らした。コミュナールの新聞「人民の叫び」はティエールとファヴルが国の不幸を嘆いて流した空涙をくりかえし嘲笑している。
注8 熱い舗道をもつ―─首都の人民は力にみちて燃えているの意。
注9 「田舍者」──はボルドー議会の反動的な大地主議員たちを名づけたもので、彼らは終始共和主義に反対し、コミューヌ軍に敵対した。


 この「パリ戦争の歌」はランボオ自身が「時局詩」と名づけた通り、状況の詩である。したがって、それが書かれた時点と状況のなかに置いてみて、はじめてその意味が読みとれるような作品である。
 一八七一年三月十八日、パリ市民の蜂起に怖れをなして、時の権力者ティエールはヴェルサユへ逃亡する。コミューヌが権力を握ると、ブルジョワたち、正規軍、ボルドー議会の議員たちもボルドーに移る。そしてヴェルサイュ政府の首脳ティエール、ピカール、ファヴルらは、一八七一年四月二日以来、首都パリへの爆撃を命令する。

 緑の大邸宅のなかから爆弾を飛ばす/ティエールとピカールの輩は/満開の栄光を手にしているからだ
 この弾圧と秩序の代表者たちを、コミューヌの風刺家たちは、腹のつき出た、醜悪な「三美神」の姿に描いた。こうして彼らはオリンポスの山のグロテスクなエロスとなる。
  ティエールとピカールはエロスだ/へリオトロープの抗奪者だ
 このdes ÉrosはリエゾンしてZéros(ゼロ、くだらない人間)に通じることによって、二重に人民の敵を風刺しているのである。彼らに権力を与えたヴェルサイユ議会はボルドー議会の延長であって、そのボルドー議会は「田舎者たち」の議会と呼ばれ、ヴィクトル・ユゴーを追放した。この「田舎者」 Rurauxという言葉は、当時、百姓という本来の意味から離れて、「反動家」の同義語になっていた。
  やつらは 焼夷弾で コローを描く
 ヴェルサイユ軍は、石油入りの爆弾を使って、コローの絵のような火災をひき起した。しかもその翌日、彼らは「石油女」という言葉をつくって、パリの女たちが石油をまいて放火したというデマをまきちらした。この詩には、このような状況のなかで、作者ランボオをつき動かした感情が反映されていると同時に、それを表現するのに必要なメタフォルが使われている。この詩のなかで微妙にあるいは乱暴に使われている形容、隠語、新造語、あるいは言葉のデフォルマシオンなどによって、ランボオは新しい風刺の効果をひき出そうとしたのである。(つづく)

(『ランボオ』──「パリ戦争の歌」)

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