2 本当の戦争が始まる

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 2 本当の戦争が始まる

 やがて「奇妙な戦争」にかわって、ほんとうの戦争が始まる。
 一九四〇年四月九日、ヒットラーはデンマークおよびノルウェーに侵入する。五月十一日、ナチス・ドイツ空軍はアンベール、アムステルダム、プロン空港、およびフランスの諸都市を爆撃する。ドイツ軍機械化部隊は電撃戦を展開し、たちまちオランダ、ベルギー、ルクセンブルクの三国をふみにじった。前線でトランプ遊びにふけっていたフランスの兵隊たちは、大砲の音を青天の霹靂のように聞いた。難攻不落を誇ったマジノ線も、ランボオの故郷アルデンヌにおいて突破される。ドイツ軍は、上陸用舟艇やゴム・ボートでミューズ川をおし渡り、五月十四日、スダンを攻略して前進する。最初はフランス軍も英雄的にたたかったが、ドイツ軍の怒涛の進撃をおしとどめることはできなかった。五月二十日、ロンメル指揮下のドイツ軍はマンシュの線に到達し、英仏連合軍四十五個師団を包囲し、これを「ダンケルクのポケット地帯」に追いつめる。イギリスの遠征軍(二十二万五千名)とフランス軍(十一万五千名)は、ドイツ軍の砲撃と急降下爆撃のなかを、船による脱出作戦をつづける。戦車隊付軍医補として、このフランドル戦線に動員されていたアラゴンも、このダンケルクから脱出して、九死に一生を得る。かれはその体験を「ダンケルクの夜」のなかに歌っている。

   ダンケルクの夜

 フランスは 擦りきれたぼろ布のように
 一歩一歩 われらの歩みをこばんだ

 死者たちが 藻にからみあう海のなか
 ひっくり返った舟は 司教の帽子さながら

 空と海のほとりの 十万の露営
 空のなかに伸びる マローの浜べ

 馬の屍臭のただよう夕ぐれ 移動する野獣の群が
 踏みならす地響きのような どよもしが起こる

 踏切が縞模様の腕木を上げる
 われらの心は またばらばらになる

 十万の「土地なしジャン」の心に高鳴る愛も
 もうずっと黙りこんでしまうのか

 人生で傷だらけになった聖セバスチヤンたち
 なんと君らは わたしによく似ていることか

 そうだ 心の傷口を愛さずにいられぬような
 ひとびとだけが わたしに耳傾けてくれよう

 せめてわたしは叫ぼう かつて歌ったあの愛を
 燃える戦火が花花のようによく見える夜の中で

 おれは叫ぼう 燃えあがる町のなかで
 夢遊病着たちを 屋根の上から呼びおろすまで

 わたしは叫ぼう おれの愛を あの朝はやく
 庖丁庖丁と歌って通る研ぎ屋のように

 わたしは叫ぼう叫ぼう わたしの愛する眼よ
 どこにいるのか わたしの雲雀 わたしの鴎よ

 わたしは叫ぼう叫ぼう 砲弾よりも強く
 傷ついた者よりも 酔っぱらいよりも激しく

 わたしは叫ぼう叫ぼう おまえの唇の杯で
 酒をのむように わたしは愛を飲んだのだと

 おまえの腕の木蔦が わたしをこの世に縛りつける
 わたしは死ねないのだ 死んだ者は忘れてしまう

 わたしは思い出す 舟でのがれた人たちの眼を
 ダンケルクヘの愛を だれが忘られよう

 とび交う曳光弾のために わたしは眠れぬ
 自分を酔わせてくれた酒を 誰が忘られよう

 兵士たちは 身をかくす穴を掘った
 まるで墓場にゆらめく幽霊のように

 並んだ石ころのような顔 ぶざまな寝姿
 みんな びくびくおびえながら眠っているのだ

 ここ 北仏の砂丘に 「五月」は死に
 ただよう春の香りを 砂は知らない

  (『レジスタンスと詩人たち』──第一章 鉄かぶとをかぶった詩人)

アラゴン
アラゴン、壁にマヤコフスキーの肖像、スペイン共和国ポスター(1937年)


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