幸福について
フランソワ・ケレル
大島博光訳
おれは想いみる 二人の恋人たちを
もう くちづけをかわし
二人だけの家のなかで
愛のちかいをとりかわした恋人たちを
並木通りの春のなかで
若ものたちは たがいに知り合う
アスファルトは青春にこたえ
みどりの色がもどってくる
明日の日の希望をになう
ここ 労働者の町
夢は ひとすじの道となり
ひとびとは帆船の水脈(みお)のように
場末の町にきりもなくつづき
場末の町は 海よりうつくしい
おお 虚無をまぬかれた幸福よ
おお すっかり明けはなたれた町よ
だが どうして眼をとじていられよう
行きかう みんなのくるしみに
おれたちは 住んでいるのだ
悩みが石をもつきとおすようた国に
まるで地上の穴倉のような
二階もないような家に
かなしみをわけあうこともない
孤独な顔つきをした家に
くずれた壁が 灰いろのそらをくぎり
地平線ももう ふくろ小路でしかない
空間をはかる 人間の単位である
地平線もここでは かけらでしかない
枯れた木々のような家々よ
もいちど おまえたちを立てなおそう
おれたちはあかつきと人間の樹液なのだ
おまえたちはふたたび芽ぶくだろう
給料の額にふさわしく
もう五十年にもたった家に
怒り 立っている家々
脈うつおれたちの心臓のようないえいえ
おお おまえたち 弔鐘のような家々よ
工場よ 倉庫よ 車庫よ
ここに 嵐は生いたち
ここに リラは伸びるだろう
聖人祭のよそおいをした街よ
おれたちはお前の仲間ではない
かえでのようにやさしく やさしく
女は乳房を与える
女は 手に子どもをかかえ
子どもは眠ったり さめたり
おお 明日の町々にも似て
永遠に新しいうつくしさよ
数百万人の人間が住んでる街
暗いくぼみにたまった しみずのような
希望と 調和の街
よこたわったわが偉大な町よ
ポワン・ドュ・ジゥルからベルシイまで
セエヌの両岸は 奴隷船(ガリー)だ
労働者たちが なさけ容赦もなく
漕いでゆく奴隷船なのだ
王たちのいた 遠いむかしから
おお 大理石ととたんの町よ
仕事袋を肩に おれたちはゆくのだ
飢えをかかえ 寒さにふるえ
はたらくひとびとが立ち上るとき
おのが運命にかえる町
サント・ジュヌヴィエヴの町よ
おまえ 朝のカテドラルよ
そうして 雀たちはさえずり歌う
おまえをふちどるマロニエの木かげで……
ひとびとは腕をくまなければならない
まいにちのパンに ことかかぬために!
(『詩学』1955年6月)
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