前ぶれ

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 3 前ぶれ

 一九三六年に始まるスペイン戦争は、第二次世界大戦の前ぶれであった。その時、ヒットラー、ムッソリーニ、フランコに抵抗して書かれた、スペイン・レジスタンスの詩は、ナチス・ドイツ軍によるフランス占領下の、フランス・レジスタンスの詩の前ぶれとなったのであった。
 一九三一年四月十二日、スペイン各地で行われた地方選挙の結果、共和制を支持する人民が決定的な勝利をおさめた。勝利を祝う民衆がマドリードの街頭を埋めた。アルフォンソ十三世はついに王位を放棄し、ここにブルボン王朝は崩壊し、流血をみることなく平和のうちにスペイン共和国が生まれた。この偉大な夢の実現と未来への希望を、スペイン人民が歓喜をもって迎え、祝ったことは想像にかたくない。それにつづく数年は、スペイン文化、とりわけスペイン詩にとって、輝かしい開花の季節となった。
 しかし春の日は長くはなかった。国際的反動とファシストたちは、若いスペイン共和国の隙をうかがい、おのれの出番を待っていた。一九三六年七月十八日、ヒットラーとムッソリーニに支援されたフランコのモロッコ部隊が、共和国にむかって反乱をおこし、スペイン人民のうえに襲いかかった。こうしてここに三十三カ月にわたるスペイン市民戦争の幕がきって落とされた。
 ヒットラーのドイツ空軍は、マラガの町をのがれる避難民に機銃掃射をくわえた。ムッソリーニの戦車隊とオートバイ部隊が、アンダルシアの街道に姿をあらわした。
 フランコ・ファシスト軍はその黒い出発にあたって、いち早く、詩人フェデリコ・ガルシーア・ ロルカを血祭りにあげた。ファシストの手に落ちたロルカは、一九三六年八月十九日の未明、グラナダ郊外、ビスナルのオリーブ畑で銃殺された。「ピストルによるよりも、ずっと大きな害悪をペンによって与えた」─というのが、その逮捕理由だったといわれる。ファシストがロルカを最初の犠牲者に選んだのは偶然ではなかった。ロルカは、ファシズムとは相反する、自由の精神そのものだったからである。アントニオ・マチャードはさっそく、それを目に見えるような叙事詩に書いて、ファシストの犯罪を告発した。

   虐殺はグラナダで行われた 
            アントニオ・マチャード

Ⅰ 犯罪

 かれは銃にかこまれ
 長い道をとぼとぼと歩き
 まだ星の残っている朝まだき
 寒い野っ原に姿を現わした
 やつらはフェデリコを殺した
 そのとき 朝日が昇った
 死刑執行人(ひとごろし)の一隊は
 かれをまともに見ることができなかった
 やつらはみな眼を閉じて祈った
 ─神さえも救えはしない!
 かれ フェデリコは倒れ 死んだ
 ─額から血を流し 腹のなかに鉛をぶち込まれて
 虐殺はグラナダで行われた─
 知ってるか─哀れなグラナダよ
 フェデリコのグラナダよ

Ⅱ 詩人と死神と

 かれは 死神の大鎌をも怖れずに
 彼女と二人きりで とぼとぼと歩いて行った
 ─すでに 塔という塔に陽が射し
 鍛冶屋の鉄床(かなどこ)という鉄床を
 鉄槌(かなずち)が打ちたたいていた
 フェデリコが口をひらいて
 思いのたけを死神に打ち明けると
 彼女はじっとそれに耳を傾けていた
 「道連れの女よ すでにきのう おれの詩のなかには
 ひからびたきみのてのひらの音が鳴っていたのだから
 すでにきのう おれの詩のなかには
 そうして きみはおれの歌に
 あの凍えるような冷たさを与え
 きみの黄金の鎌の切れ味を
 おれの芝居に添えてくれたのだから
 こんどは おれがきみに歌ってやろう
 もうきみのもっていない肉体を
 ぼんやりと 放心したようなきみの眼を
 風にふれる きみの髪の毛を
 みんながくちづけする きみの赤い唇を……
 わが死神よ うつくしいジプシー女よ 
 ああ きのうのようにきょうも きみと二人きりで
 グラナダの わがグラナダの
 この大気を吸おうとは!」

Ⅲ 

 とぼとぼと歩いてゆく二人の姿が見えた……
 友よ おれのために建ててくれ
 石と夢の墓を─アランブラに 
 詩人のために
 水のすすり泣く 泉のほとりに
 そうして永遠に伝えてくれ
 虐殺はグラナダで行われたと
 かれのふるさとグラナダで行われたと

(『レジスタンスと詩人たち』─序章 ファシズムのスペイン介入と詩人)

アルハンブラ


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