平和は眠りを許さない

ここでは、「平和は眠りを許さない」 に関する記事を紹介しています。
 平和は眠りを許さない(宮本百合子) 

 詩集『不寝番』の「まえがき」はつぎのように始まる。
 「不寝番は、われわれのまわりに起こる事件にたいして、ぼんやりとまどろんでいたり、少しでも眠気に気をゆるめたりするわけにはゆかない。……しばしばわれわれを襲い、ゴヤの版画にもよく描かれた、あの有名な『理性の眠り』に負けないようにしよう。」
 この不寝番の任務は「われわれのまわりに起こる事件にたいして」ぼんやりとまどろんでいてはならない、眼を醒ましてじっと見守っていなければならない。端的にいえば、この不寝番がじっと見守っているのは平和であり、戦争の影をいち早く見つけて警鐘を鳴らすのがその任務である。この詩集に収められているいくつかの詩がそのことを物語っている。
 たとえば、「わが心痛事・平和」という詩は、題名そのものがその意図を示している。

  わが地球は 痙攣を起こしている
  その火は くすぶっている
  そうでないなら これらの蝋燭消し
   蓋 経帷子は なんのためなのか
  これらの猿ぐつわ 鎖 虐殺は なんのためなのか

  がちゃつく武器の音は おやみなくつづき
  むかしながらの謀略 陰惨な十字軍への呼びかけ
  戦争 とことんまでの死

 ここには、戦争の絶えない、こんにちの世界の状況が、ほとんど詩的修飾なしに提示されている。「陰惨な十字軍への呼びかけ」といえば、あの「テロにつくか、おれにつくか、二つに一つ」と言って世界を脅して報復戦争を始めた大統領が思い出される。「猿ぐつわ 鎖 虐殺」といえば、パレスチナにおけるイスラエル軍の日々の残虐行為が思いあたる……。

  犠牲となった人たちへの崇拝と儀式
  犠牲となった人たちの名誉を人びとはほめ賛える

 戦争の犠牲となった戦死者たちへの崇拝と儀式をうたったこの二行は、憲法に反する靖国神社への参拝を、アジア諸国の注視する眼を恐れながら強行する、日本の総理大臣の姿を浮かび上らせずにはおかない。それは、洋の東西を問わず、国民を侵略戦争に駆りたてる、軍国主義の一つの仕掛けなのである。そうして一度靖国神社に軍神として祀られた者は、その思想信条の如何を問わずに、侵略戦争の加担者として、死んでからもなお奉仕させられるのである。
 またここには、「いまここで」という詩がある。

  この地球の片隅で
  いま ここで
  長靴の音はもう長いこと遠のいた
  もうきな臭い火薬の匂いもしない
  空に 爆撃機の轟音もきこえない
  平和に暮らしていると ひとはいう
  ……
  街角で ひとはぶつかる
  丸くなってねている肉体(ひと)たちに
  そうして問いかけてくる眼ざしに
  平和に暮らしてると ひとはいう

  いまここで 平和と呼ばれるものは
  恐怖による支配でしかない

 この「恐怖による支配」の正体を見破らなければならない。それは、核による先制攻撃で世界を脅しつけ、自国の利益を戦争によって追求しつづける国による支配にほかならない。

   (ゴーシュロン詩集「不寝番」について)

車輪

関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/2867-728bade7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック