一八七一年三月十八日(上)

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 一八七一年三月十八日

 一八七一年二月十五日、中学(コレッジ)が町の劇場を教室として再開することになった(元の中学は傷病兵のための病院に変っていた)。しかしランボオ夫人の最後の希望も絶たれる。息子が勉学をつづけることを拒否したからである。
 二月二十五日、息子は時計を売って、汽車に乗ってパリへ向かう。そうして二月二十五日から三月十日までの二週間、彼はパリに滞在する。
 ランボオが到着したパリは騒然としていた。それはまさにパリ・コミョーヌの前夜であった。ジャン・リッシャール・ブロックはその状況を簡潔に描いている。
 「世界でもっとも豊かでもっとも有名な国のひとつである国の首都─人口百万の大都市が、一三○日このかた包囲されている。この都市は怖るべき苦痛をなめ、その苦痛に英雄的に耐えている。一三○日このかた、この都市の防衛司令官たる将軍は降伏する機会をねらっている。一三○日このかた、首都防衛の保塁の大砲は将校たちの命令によって空に向けて撃たれている。一三○日このかた、町を守っている人民と軍隊はあくまで抗戦することを要求している。かれらは愛国心に燃え、武装し、豊富な弾薬をもち、その数は三九万に達している。これから何が起こるのか。どんなドラマが繰りひろげられるのか。
 これが一八七一年におけるパリのドラマである。……」

 小ナポレオン一味にとってかわった政府は武装した人民に対抗するために、プロシャ軍との和解を望む。パリが勝利すれば、それは共和国の勝利となり、人民の勝利となるだろう。ブルジョワの政府はそれを怖れている。しかし、破滅に投げて捨てられている祖国を救うために、人民は戦い続けることを要求する。ここに、支配層と人民との根本的な矛盾がある。
 ランボオがパリに到着した翌日、二月二十六日に講和予備条約がヴェルサイユで調印され、ボルドー議会でその批准が可決される。ボルドー議会の反民族的態度を見てパリには不安がみなぎる。
 「同じ日、四万人近くの国民軍がパリでデモ行進をした。東駅では武器が民衆に奪い取られた。二日後、モンマルトルは内乱状態になった。場末でも民衆は武装していた。」(デュクロ 『パリ・コミューン』新日本選書)
 この国民軍というのは、労働者、職人、小ブルジョワからなる人民軍であった。小ナポレオン一味にとってかわったティエール政府は、ドイツとの和平を早く実現することによって、人民の革命の危険を避けようとこれ努めていた。条約の規定によってドイツ軍はパリに入城する。その模様をリサガレは次のように描いている。
 「プロイセン軍は三月一日に入城することができた。民衆の手に取りもどされたこのパリは、もはや一八一四年三月三○日(ナポレオンの敗北により、パリがプロイセン、ロシア等の同盟軍に降伏した日)のような貴族と上層ブルジョワのパリではなかった。軒並みにたれている弔旗、ガランとした街路、閉めきった商店、涸れた噴水、覆いのかかったコンコルド広場の銅像たち、晩になっても頑としてつかないガス燈、それらはいずれもこの町は屈服していないのだと語っていた。」(前掲書に引用)このドイツ軍も三月三日にはパリから撤退する。

 ランボオはドイツ軍の示威行進にはなんの関心も示さない。彼は敬愛していた風刺画家アンドレ・ジルを訪れる。アンフェール街にある、画家の留守中のアトリエに上りこんで、長椅子に横たわって寝こんでしまう。帰宅して、眠っている彼を呼び起こしたジルに彼は言う。「ぼくは詩人です。シャルルヴィルからやってきました。とてもいい夢をみていたところです」
 「夢を見るなら、わたしは自分の家でみますよ」─と画家はつぶやいた。
 しかし画家はやさしい男だったので、何がしかの金を与えて、ランボオを立ち去らせる。また宿なしのみじめな浮浪者暮らしである。外套のポケットにひと切れの薫製の鰊(にしん)を入れて、街をさまよい、橋の下や石炭船のなかにも寝た。この生活にうんざりして、三月十日頃、彼は歩いてシャルルヴィルへ帰る。髪は伸び、服はぼろぼろで……ドゥラエに会うや、彼は吐きだすようにいう。「みんな食うことばかり考えている。パリなんかもう胃袋でしかない!」
 のちに『地獄の季節』の「訣別」のなかに描かれているのは、この惨めなパリ暮らしにちがいない。
 「おれの肌は泥とベストにむしばまれ、髪の毛や腋の下は虱(しらみ)だらけ、さらにもっと大きな虫(やつ)が心臓に巣くい、年齢(とし)も、気心も知れぬ連中のあいだに身を横たえて……おれはそこで死んでいたかも知れぬ……」(つづく)


  (新日本新書『ランボオ』

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