7.普仏戦争・最初の家出

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  普仏戦争・最初の家出

 学年末がきて、ヴァカンスになって、イザンバール先生は、シャルルヴィルの西北一五○キロほどにあるノール県のドゥエの家に帰ってゆく。帰りしなに彼は、あとにひとり友もなく残るランボオを慰め、自分の蔵書をいつでも読めるようにと、部屋の鍵をランボオに与えてゆく。
 七月十日に普仏(ふふつ)戦争が勃発し、十五日に宣戦が布告された。十六日に、政府の御用新聞「祖国」に、ポール・ド・カサニヤックは檄をとばし、「思い出したまえ!一七九二年に諸君は偉大であった」と書く。この新聞はその二日前に、ナポレオン帝制の未来のためには戦争が必要だと書いたばかりで、いまや独裁者の王座を守るために、厚顔にもフランス革命の先人たち、ヴァルミやフルーリュの死者たちまでも引合いに出したのである。憤慨したランボオは、さっそく「一七九二年と九三年の死者たち」を書き、自由のために倒れた英雄たちをほめたたえ、カサニヤックに辛辣な詩句を浴びせる。

 一七九二年と九三年の死者たち

 「……一八七〇年のフランス人よ、ボナパルティストよ、共和主義者よ、
  思い出し拾え、一七九二年の父祖たちを……」
     ──ポール・ド・カサニヤック「祖国」

 一七九二年と一七九三年の死者たちよ
 おんみらは自由の烈しい接吻(くちづけ)に蒼ざめて
 平然としてその木靴の下に 打ち砕いた
 全人類の魂と額の上にのしかかったくびきを

 嵐のなかに 心高ぶらせた偉大な人たちよ
 その心臓はぼろの下で 愛に高鳴っていた
 おお 高貴な愛人死神が よみがえらせるため
 古い畝(うね)のなかにまき散らした 死者たちよ

 その血は 汚された偉大さを洗いきよめた
 ヴァルミ*注の フルーリュの イタリイの死者たち
 おお 暗くやさしい眼をした百萬のキリストたち

 われらはおんみらを共和国とともに眠らせてきた
 棍棒の下のように王公の下に身をかがめたわれらに
 カサニヤック氏らは再びおんみらについて語るのだ
  *注 ヴァルミの戦いは一七九二年九月二十日に行われた。その日デュムーリェに指揮された浮浪者、仕立屋、靴職人などから成る人民軍は、プロシャ軍の隊列を突破して勝利を博し、フランス革命を守ったのだった。

 普仏戦争が始まって、シャルルヴィルのほとんどの市民たちが、好戦的なナショナリズムに沸き立っていた時、十六歳のランボオはそれにまったく心動かしていない。パリでは、労働者階級のもっとも先進的な部分が戦争反対のデモをくりひろげていたが、その影響がシャルルヴィルまでとどいたとは思われない。ランボオの対応はまったく個人的なものである。八月二十五日付のイザンバールへの手紙は驚くべきものである。
 「あなたはシャルルヴィルに住んでいなくて幸せです。
 ぼくの生まれた町は、田舎の小さな町のなかでもとびきり愚劣です。こんな町にぼくはもう幻想を抱いていません。この町はメジエールのそばにあるからです……町の通りを二、三百人の兵隊どもがぶらつき、あの殊勝ぶった町の連中が、メッスやストラスブールの攻囲された人たちとはちがって、勿体ぶった剣客気どりで身ぶりよろしくまくしたてているからです。退役軍人の乾物屋の親父がふたたび軍服を着こんでいるのにはぞっとします! 公証人、硝子屋、収税吏、指物師など、猫も杓子も、祖国は立てり! とばかり勇気りんりんシャスポ銃を胸に、メジエールの城門でパトロールの真似をしているのは素敵なものです。だがぼくはじっと坐った町の方が好きです。長靴を動かすな! それがぼくの信条です……ぼくは、日光浴、はてしない散歩、旅行、冒険、それから放浪三昧がしたいのです……」
 この手紙のなかで、彼はシャルルヴィルの小ブルジョワたちに侮蔑をもって反抗している。ランボオの体格が変わる。チビといわれていた彼が、急に一メートル七七に背が伸びる。彼の振舞いも変わる。髪を伸ばし、顔も洗わず、煙草をふかし、不良少年のようにベンチに横たわるようになる。
 ランボオ夫人は、いままで息子にきびしくしつけてきた行儀作法が、数週間のうちに崩れ去ったのを見て茫然とする。息子のなかで何が起こったのか──それは単なる思春期の危機などではなかった。ナポレオン帝制の崩壊、戦争による混乱などの影響をうけて、長いこと抑圧されてきたランボオの性格が暴発したのである。こうして八月二十九日の家出が決行される。
 その日、ランボオは母親や妹たちとムーズ河のほとりを散歩していた。母親たちがふと気がつくと、彼の姿がなかった。驚いて彼女たちは町じゅうを、それも「悪所」まで探してまわったが、むだだった。プロシャ軍のパトロール隊にでもつかまったのではないか、とさえ彼女たちは想いめぐらした。──実はそのとき、ランボオはすでにパリゆきの列車に乗っていたのだ。
 ランボオは学校のコンクールの賞としてもらった本を売って駅にゆく。戦乱のためにパリ直通の線は不通であった。そこでベルギーのシャルルロワに出て、そこでブリュッセルーパリ急行に乗ろうと考えた。しかし、遠廻りのおかげで旅費が足らず、途中のサン・カンタンまでの切符しか買えない。結局、サン・カンタンからパリまでは切符なしで行くことになる。パリの北駅では警官が見張っていた。首都には暴動が起き、スパイを警戒していた。ランボオは逮捕されて、ディドロ大通りのマザスの牢獄にぶちこまれる。彼はさっそくイザンバールに手紙を書く。
 「あなたがしてはいけないと忠告してくれたことをぼくはやってしまいました。母の家を出てパリにやってきたのです。この旅には八月二十九日に出たのです。一文なしで、汽車賃が一三フラン不足したために、客車から降りると捕まって警察に連行され、きょうマザスで裁判を待っているのです。──いつもあなたはぼくにとって兄きのようでした。どうかぜひぼくを助けてください……」
 イザンバールはただちにランボオの釈放に必要な手続きをとった。ランボオはすっかり恐縮して、小さくなって、ドゥエに到着し、先生とジャンドル家の三姉妹に迎え入れられる。イザンバール先生は三姉妹を叔母と呼んでいたが、彼女たちはイザンバール家の友人で、イザンバールが幼少のときに母親を失ったので、彼女たちが彼を育てたのである。いちばん上の姉のカロリーヌは三十八歳であった。姉妹は、ランボオがマザスの牢獄からしょいこんできた虱(しらみ)をとってくれる。一八七一年に、彼は優しい姉妹を思い出して「虱(しらみ)をとる女たち」を書く。

     虱をとる女たち

  赤いあらしにみちた 少年の額が
  白い夢の群れを 請いもとめるとき
  彼のベッドのそばに 魅惑的な姉妹が二人
  やってくる 銀の爪のか細い手をして

  彼女らは少年を大きく開いた窓の前に坐らせる
  青い空気が咲きみだれた花花を浸している
  露の降りた彼の濃い髪のなかを 彼女らの
  魅惑的で怖ろしい かぼそい指がさまよう

  少年は聞く 彼女らのおどおどとした息の歌うのを
  におやかなバラの蜜の匂いをただよわせて
  それもときおり途ぎれる 唇の唾(つば)を
  のみこむのか 接吻(くちづけ)したいと思って

  香る沈黙のなか 彼女らの黒い睫毛の
  しばたくのが聞こえる 電気のような優しい指が
  美しい爪の下で 虱を潰す音が聞こえる
  少年の もの憂い ほろ酔い心地のなかに

  いまや 彼には「けだるさ」の酒がまわって
  ハーモニカの溜息にも 我を忘れんばかり
  少年は感じる ゆっくりとした愛撫につれて絶えず
  泣きたいような想いが生れたり消えたりするのを

 この詩には、ランボオのきわめて早熟な感覚・官能──少年のものとは思われぬような繊細微妙な官能表現が見られる。「黒い睫毛のしばたき」「美しい爪の下で虱を潰す音」など心にくいばかりである。第三節では、「蜜の匂い」の嗅覚と、くちびるのうえの唾の音の聴覚の印象を暗示すると同時に、「おどおどした息」や「接吻したい思い」などの漠然とした微妙な感情をあらわすことに成功している。

   (新日本新書『ランボオ』

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