ランボオ──恩師イザンバール・「鍛治屋」(下)

ここでは、「ランボオ──恩師イザンバール・「鍛治屋」(下)」 に関する記事を紹介しています。
 それからちょっと後の一八七○年十月に書かれた「悪」というソネットは、「タルチョフの懲罰」とおなじように神を攻撃し、宗教の偽善をあばいている。それはもはや懐疑主義などでなく、まさに反抗である。

   

 一斉射撃の吐きだす赤い痰が 一日じゅう
 はてしない青い空に唸りをあげている時にも
 それを興がる王のちかく 真紅の大隊や
 緑衣の大隊が 砲火の中にどっと倒れる時にも

 怖るべき狂気が十万の人びとを撃ち砕き
 血にまみれた かばねの山に変える時にもー
 夏の中 草の中 自然の歓喜の中の哀れな死者たち!
 おおこの人たちをおごそかに作り給うたおん身 自然よ!

 その時にも 神は 緞子どんすの祭壇布や 香や
 大きな黄金の聖餐杯に ほほ笑みながら
 讃美歌のふしにゆすられて まどろんでいる
 そうして母親たちが 怖れに身をすくめて
 古びた黒い 帽 子 ボンネットの下に泣きながら ハンカチに
 包んだお賽銭を投げる時 神は眼を覚ますのだ!

 「哀れな死者たち!」─戦争で虐殺された庶民たちのみじめさが、「緞子の祭壇布」「黄金の聖餐杯」など、教会の豪華さにたいしてあざやかな対比をみせている。「神、それは悪である」と言ったのはプルードンである。

 さて、ドヴェリエールとブルターニュはランボオに革命的民主主義を吹きこみ、他方、イザンバールは彼に唯物論哲学を教えた。イザンバールはギリシャの詩人リュクレスによってランボオを酔わせる。彼は己のなかに、ふつふつと湧きあがるもの、溢れでる生、愛の躍動を感じとる。小さい時、絵入り新聞を読んだときの冒険への夢想が、彼のなかでますます大きくなる……。
 ランボオは夢みる。すばらしい国ぐにへの冒険だけではない。過ぎさった世紀の生、明日の日の人類の生を想い描く。彼は、リベラルで無神論者の歴史家・哲学者エドガ・キネ(一八〇三ー一八七五)や社会主義者ビエル・ルルー(一七九一ー一八七一)などの著書を読んで、人類は自由と愛の未来にむかって前進している、と信じるようになる。─古い強制はなくなり、人めいめいの努力が、共同の幸福をめざした万人の努力と結びつくような未来が来るだろう。この進歩にとって、科学はすぐれてその手段となるだろう。いままで科学は少数者によって研究されてきたが万人によって追求され、かくて人類は統一を見いだし、万物の秘密をさぐり、 「理想の征服」にむかって前進する日が、いつかくるだろう
 一八七〇年五月、ランボオはイザンバールのすすめで、高踏派の高名な詩人テオドル・ド・ パンヴィルの詩集をよみ、『パルナッス』誌を手に入れる。彼は同誌に自分の詩が掲載されることを夢みる。そこで五月二十四日、彼はバンヴィルに手紙をかき、「感覚」「肉体と太陽」 「オフェリア」などの詩を同封し、『パルナッス』誌に載せてくれるようにと懇願する。─その「感覚」という詩は、ほかの先輩詩人たちの影響から脱した、ランボオそのもののひびきをもつものとして、後に高く評価されることになる。

    感 覚

 夏の青い夕ぐれ おれは小道を行くだろう
 小麦にちくちく刺され 小草を踏んで
 夢みながら 足には草の冷たさを感じ
 むきだしの頭を 風に浸しているだろう

 おれは口もきかず 何も考えぬだろう
 だが果てしない愛が こころに昇ってくるだろう
 おれは遠く遠く 流浪者ボへミアンのように行くだろう
 大自然の中を 女といっしょのように幸福に

 最後の詩句、「大自然の中を 女といっしょのように幸福に」は、ランボオの汎神論的傾向をしめすものとして知られている。
 さて高名な詩人バンヴィルは返事をくれたが、それはこんにち残っていない。内容もわからない。ただわかっていることは、ランボオの詩が『パルナッス』に載らなかったことである。
 若き詩人の幻滅は大きかった。ついで彼の生活をめちゃくちゃにするような二つの大事件が起こる。ひとつは、一八七○年七月の普仏戦争の勃発である。もうひとつは、イザンバール先生がシャルルヴィルから去るということであった。
 ランボオには何が残るのか。彼はどうするのか。─イザンバール先生の愛情と指導なしに、中学の勉強をつづける……学校から帰れば、また息のつまるような家庭が待っている。もし田舎にとどまっていれば、詩で名をあげたいという彼の夢はとうてい実現されないだろう。そして彼は次第に憂鬱と倦怠のなかに沈みこむだろう。─このような前途への見通しを前に して、彼はどのような決意をすることができたろう?彼の前には、シャルルヴィルからの脱出の道しかない……彼は家出を決意する。 (この項おわり)

草原

関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/2844-9b30a214
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック