世界死の舞踏の序幕
土谷 麓
一九五四年の早春に
はるばる風にのってやってきた死の灰
遠洋漁業の帰還船が
必らずもってくる死の灰。
いけにえ。
白血球の減少した腐れ易い
生(なま)の肉体。
気流にのり 海流にまぢり
日本列島海域の到るところに
死の影が 降る
死の影が 降る
水素爆弾が炸裂する
ビキニ環礁一帯は
いけにえ。 ふえ。
生命の青の紋章に
不吉な哄笑お なげつけていた
これお みてくれ みるもむざんな
放射能のくしばんだ頭
いけにえ。 くされるからだ。
アジアのちいさい島に追いこめられ
こうもりのように覆いかぶさる
不吉な死の影……
ビキニの死の灰……
(文化いただきにのぼり
悲願は生むよ
果しない 絶望お)
るいるいと死は島おうづめ
死にきれづ のたうちまわる住民
虫くれ みすてられ
鋭い角度の生命路線に
毒灰お 逃れるすべがない
もう
かなしみはよろこびの夢おみることがない
(屋根に降つてくる死の灰)
幼児の からだお まもれ
母のからだお まもれ
すべての親と子との からだお まもれ
逞しい筋肉お まもれ
やわらかい 乳房おまもれ
恐怖の卑怯の
気狂いの ヒステリックな
野望お 砕け
「世界死の舞踏」の序幕の
その演出家 どもお
おお 灰色の 死の灰よ
雨にまぢり 雪にまぢり
地獄の ごうもんは
アジアの ちいさい 島お 狙う
その島に住む 有色人種お
殺人お。 実験で。
僕らお。 僕らの国の民お 殺す
自由という 共存という
政治理念の
綿密に計画された甘い囁き
(放射能に因る大量殺人お
あらかじめ計画しています)
水素爆弾の名状しがたい音響と
そのかたちとが
海の魚お殺し
陸の人お殺しつづけるとき
傷ましい嘆きが
地球に充溢するとき
ひとの心はもう
死の灰お 怖れないだろう
すべての親と子とのからだおまもれ
一九五四、四、二六
(『角笛』11号 ─ビキニの灰特集 1954.8)
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