リベラックの教訓(中)

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 しかし、アラゴンが復活を試みたのは伝統的な詩法だけではなく、あの中世騎士道の精神であり、愛国心であり、その「女性崇拝」である。
 「詩のなかに初めてフランスという意識、愛国心という言葉が現われたのは十二世紀においてである……」
「クレチアン(ド・トロワ)のペルスヴァルは、いくつかの点でリヒァルト・ワグナーのパルシファルとはちがっている……彼は、女たち、弱き者たちをまもる、さまよえる騎士である。彼は、ワグナーとニイチェとがそこでいっしょになるような、あの個人主義の最後の表現などではない……ペルスヴァルは真実の担い手であり、審判者である。彼は、フランス人とはかくあれと願うようなフランス人、フランス人の名に価するようなフランス人の、もっとも気高い化身である。ここで男性の使命とむすびついた女性崇拝は、あの正義と真実をまもるという使命に光を与えるのである」
 そしてアラゴンはジャン・ジオノの「這いつくばって生きよう」という敗北主義にたいして、クレチアン・ド・トロワの「辱しめられて生きるよりは潔く死んだ方がいい」という詩句を対置してこう書く。
 「こんにち、あの英雄主義、あの祖国への深い忠誠について数千の生きた模範があることは疑いない。……だがこんにちそれについて語ることができるだろうか。いや、できはしない。真紅の騎士ペルスヴァルをとおして、わたしは彼らに挨拶をおくる」
 真紅の騎士ペルスヴァルのなかにアラゴンが見ていたのは、英雄的なフランス人民にほかならない。
 「リベラックの教訓」は、一九四一年六月、アルジェで発行されていた「泉(フォンテーヌ)」誌に揭載された。 アラゴンの旧友で、いまやヴィシイ派にぞくしていたドリュ・ラ・ロシェルは、右翼団体「反共十字軍」の機関紙『民族解放』紙(一九四一年十月十一日付)でこれを取りあげて「真紅の騎士」とは赤騎兵おびソヴェトであると書いて、毒舌を加える。
 「……ここに雑誌『泉(フォンテーヌ)』四号に発表された『リベラックの教訓』という一文がある。論旨はまことに文学的で、極めて純粋な郷土愛にあふれているかに見える。それは偉大な詩の時代であったフランス中世への讃歌である。……しかしそこには一つの『しかし』がつく。いや、たくさんの『しかし』がつく。
アラゴンの激賞するのは奇妙な中世である。それは、じっさいの中世に全く反するように見える一つの中世であり、性急な弁証法によるマルクス主義的方法によって捉えられた一つの中世であって、それはすでに中世を越えているのだ。
 ……赤い糸で縫いとじられた詩文学誌で、アラゴンがレジスタンスとその強化のためにふり撤いているあの悲憤慷慨、祖国の尊厳に注いでいるあの感涙、あの片言の呼びかけなどは、排他的かつ熱狂的な讃美でフランスをほめたたえているかに見えても、けっしてフランスに奉仕するものではなかった。ここにこの一文の最後の言葉がある。
 〈……ねがわくばフランスの詩人たちが……新しい真紅の騎士の立ち現われる日のために準備されんことを。そのとき、閉ざされた芸術の実験室で準備された彼らの言葉は『言葉の一つ一つに法外の重要さを与えながら』すべての人びとに、詩人たち自身にも、明らかになるだろう。そしてそれは国境を知らぬフランスの真の夜明けとなり、その光は空高く染めて、世界の果てからも見えるだろう〉
 たしかに、国境を知らぬこの夜明けはモスクワから見えるだろう。そしてこの真紅の騎士はわたしにはむしろ赤騎兵とソヴェトに見えるのである……」
 ドリュ・ラ・ロシェルのこの歪曲、毒舌にたいして、アラゴンは「涙よりも美しきもの」を書いて答える。 (つづく

   (新日本新書『アラゴン』

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