『ランボオ』5.神童

ここでは、「『ランボオ』5.神童」 に関する記事を紹介しています。
 神 童 

 一八六二年十月、八歳のランボオはアルクビュズ街の私立ロッサ学院に入学。そこで初級科の三学年を終える。一八六五年(十一歳)から、サン・セビョルシュル広場にあった町立の中学に入学、第六学級の課程を始める。彼はひじょうに勉強したので、その年のうちに第五学級に進む。(フランスの教育制度では、十二歳から中学第六学級に入り、年を追って、第五、第四、第三学級と進み、十五歳から高校の第二学級、十六歳第一学級、十七歳には最終学級となる。)この学級では、ルーリエ先生がジュル・ヴェルヌの小説などを生徒に読んできかせた。 第三学級に進むと、レリティエ先生がボワローの詩の美しさを教え、ランボオはそれに夢中になる。
 この頃から、ランボオは中学の教師たちの注目をひくようになる。校長はかれの優秀な成績を遠くから見守っていた。その成績がいっそう上がるように、校長はレリティエ先生に命じて、特別の授業をランボオに与えるようにした。
 ランボオは中学に入学したときから、きわめて優秀な生徒であった。けれどもまだ、異常な天才としては話題にならなかった。第五学級では、かれは暗誦による賞と次席賞を獲得したにすぎない。しかし、第四学級になると、かれはすぐれた資質をあらわし始める。ラテン語のヴィルジルの詩によって、かれは自分を発見してゆく。この時から、理科の勉強をそっちのけにして文科の勉強に専念し、クラスの最優秀の生徒となる。学年末に、かれは二つの一等賞と一つの二等賞を獲得する。第三学級の学年末には、四つの一等賞と四つの次席賞を獲得する。一八六九年、第二学級の学年末には、八つの一等賞を獲得し、ドゥエ・アカデミーのコンクールで一等賞と次席賞を獲得する。
 ランボオはとりわけラテン語の作詩・作文に輝かしい成績を残した。その頃の同級生の語るところによれば、彼は理科の授業中に、ラテン語の先生が宿題として出した主題について、数篇のラテン語の作詩を書きあげて、それをクラスの仲間に配った。即興で書かれたにもかかわらず、それらの数篇はそれぞれまったくちがっていたという。日本風にいえば、一中学生がきわめてみごとな漢詩を自由自在に書きあげたということにもなろう。そして現に、一八六八 (十四歳)から一八七○年(十六歳)にかけて書かれたラテン語の詩数篇が、プレアド版ランボオ全集の冒頭を飾っている。さらに驚くべきことに、それらの宿題の作詩のなかに、早くもランボオの深い個性が現われていたのである。
 このように、ランボオは中学(コレッジ)で多くの賞と早熟な創作力とに輝ていたとはいえ、彼はまた中学の心配のたねでもあった。その気むずかしい性質、手に負えない振舞いを見てとっていた校長はつぎのように予言したものだった。「この頭脳のなかには平凡なものは何ひとつ芽ばえぬだろう!……かれは悪の天才になるか善の天才になるだろう!」

   (新日本新書『ランボオ』)

海
関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://oshimahakkou.blog44.fc2.com/tb.php/2833-36bdc717
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック