お花河岸(ケ・ド・フルール)の数え歌

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 お花河岸(ケ・ド・フルール)の数え歌

                    ルイ・アラゴン 大島博光訳

  ここだ 重い実のように
  伝説が 熟(う)れたのは
  そしてわたしが 愛を歌う時
  世界は わたしに耳傾ける

  この人民だ ロンスボオで
  その歴史を 始めたのは
  ローランは むかしの歌
  ファビアン*は 新しい歌

  ひとが 二色の藁で
  篭を 編むように
  わたしは 戦いの名に われらの
  苦しみの黒い繊維を添えよう

  バスチーユと コミューヌと
  ブーヴィーヌと ヴァルミと
  ジャンヌとペリと これは
  ただ一つの長い歴史だ 友よ*

  シャトーブリアンで タンボオは仆れる
  オラドゥールの子どもたちを焼くがいい
  大虐殺を 白日のもとに
  フランスの上に 陽は高い*

  パリに 復讐が鳴りひびく
  パリじゅうに ばらの花
  パリじゅうに つるにちにち草
  そして リュクサンブールは占領された

1 (訳注) 「鬼えらび唄」としたのは Comptine のことで、子供たちが鬼ごっこなどするとき鬼をきめるときに歌う唄。花河岸はセーヌの中の島シテ島にある河岸。
2 (訳注)ロンスヴォはスペインの町で、むかしシルルマーニュ皇帝の軍がここを越えるとき、後衛した皇帝の甥のローランがバスク人に殺された。この事件が「ローランの唄」の原形であるが、「唄」はバスク人の代りにサラセン人ということになっている。 ファビヤンは通称ファビヤン大佐で通っていたレジスタンスの英雄。一九四四年、アルザス方面のたたかいで、解放をまえに戦死した。時に二十五歳。
3(訳注)バスチィユとコンミューンについては注釈の要はないと思うが、ブーヴィースは北フランスの村で、ここで一二一四年フィリップ・オーギュスが英国からの侵入者俗称「土地なしジャン」を敗った。この戦いの頃からフランス国民という国民意識 が生じることになったとされる。
 ヴァルミイは、フランス大革命当時の一七九二年 フランスの義勇軍がドイツのブランスヴィク侯の率いる精英を敗ったマルス河ほとりの村。ちょうど戦場に居合わせたゲーテが、「こんにち、ここから世界の新しい歴史がはじまる」といったといわれる。
 ジャンヌとペリ。ジャンヌはジャンヌ・ダルクの ことであり、ペリは一九四一年十二月十五日モン・ ヴァレリアンでナチに銃殺されたガブリエル・ペリ のこと。アラゴンは「殉難者たちの証人」のなか で、この人を悼んでいる。
4(訳注)シャトオブリアンはブルターニュの町。 ドイツ軍はこの地に政治犯収容の監獄をつくっていたが、ナントでドイツ軍将校が一人殺された報復として、一九四一年十月二十二日フランスの愛国者二十七人を殺害した。これも「殉難者たちの証人」に詳しく書かれている。
 オラドール。フランス中部の村で、一九四四年六月ドイツ軍は六四三人のフランス人を寺院に閉じこめ火を放って殺した。そのうち五○○人が女と子供であった。ドイツ軍敗走の直前の悲劇であった。この寺院は今でも史跡として、そのままの姿で残されている。
 (服部伸六訳「花河岸の鬼えらびの唄」訳注 『アラゴン選集2』)

 祖国の源泉から汲みとること

 いまもちょっと述べたように、フランス人民をナチスとの闘争に立ち上らせるために、アラゴンはフランスの歴史や伝説を詩のなかに歌いこんで、ひとびとの民族感情をよびさまそうとする。「リべラックの教訓」(第一巻参照)のなかでアラゴンは、祖国をよく知り、祖国の共有財産をまもるためには、祖国の源泉に帰えり、そこから教訓と力を汲みとることが重要だと説いている。中世の騎士道を分析して、アラゴンは強調する、──十二世紀、フランスはまず社会において女性に特権的な立場をあたえることによって、ほかのヨーロッパ諸国よりも早く、野蛮から脱却することができた。それは「正義への情熱や、騎士道的行為──かよわい者たちを護り、けだかい思考を高揚させる志向を」ヨーロッパじゅうにもたらしたのであり、ペルスヴァルはそのようなフランス精神の「もっとも気だかい化身」であった。「ここで女性崇拝 は男性の使命と一致し、正義と真理の使命を明らかにする」──この愛のモラルと民族感情との一致、ここにこそフランスの独創性と偉大さの基礎がある。そして、敗北と屈辱のなかからフランスが立ち上り、よみがえるには、十二世紀にフランスをして全ヨーロッパに光芒を放たしめた、あの騎士道の美徳をふたたび見いだすことが前提となる……。
 アラゴンがこのようにフランスの歴史上の偉業をほめたたえるのは、しかし、民族主義的なショーヴィニスム(排外的愛国主義)によるものではない。それはまったく彼のイデオロギーに相反するものである。そうではなくて、かれはこの祖国の歴史の「精神」を──この歴史を生みだした精神的美徳を追求する。崩壊から祖国を救うように、ひとびとの行動をよび起こすため、この民族の精神をかかげるのである。フランスの神話は民族的であるが、チチスの神話は人種的なものであった。フランスの神話は「われわれの遺産である: そこにわれわれがおのれ自身を見いだし、フランスとフランス人民の偉業と勇気をよみとることは、われわれの任務である……ふたたび掘り起こされた神話には、ひとに夢をあたえるばかりでなく、ひとを行動に立ちあがらせる力がある」(「詩における史的正確さについて」)
 祖国の歴史と伝説の泉から汲みとってきて、アラゴンはフランス人の無意識のなかに眠っている英雄像をよびさまそうとする。それらの英雄像は、フランス人が子供の頃から心にきざみこんできたものであり、そこに誇りと希望を託してきたものである。こうしてアラゴンの詩には、ジャンヌ・ダルク、デュ・ゲスクラン、ランスロなどのイメージがよく現われるが、これら大衆的な英雄たちの名は、祖国の大地に、人びとの記憶にきざみこまれている。かくて人びとは、自分がこの祖国の大地に離れがたく結びついているのを感じ、闘う勇気と力をそこに見いだすのである。
 一九四八年、「新断腸詩集」のなかではこう歌われる。

  ジャンヌにペリ これはみんな
  わが友だちの長い長い物がたり
       (「花河岸の鬼えらびの唄」)

 遠いむかしのジャンヌ・ダルクと、レジスタンスのなかで仆れたガブリエル・ペリとは、ともに祖国を愛して身をささげたという、おなじひとつの歴史にぞくするのである。
(大島博光)
(「アラゴン選集2」解説)

両替橋
両替橋らんかんのレジスタンス犠牲者の銘板


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