西條紀子さんに話を伺う(下)「私の歩いた道」

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西條紀子

西條紀子さんが2014年に刊行した「私の歩いた道」を頂きました。
この本を書いた理由は、一つは、小学校に上がるまで祖父母(石井菊次郎枢密院顧問)のもとで育った少し特殊な環境にいたことを知ってもらいたい、もう一つ、大切なことは、戦争のこと(体験)を話しておかなければならないという思いからです。

西條紀子


1944年夏、軽井沢で過ごした祖父は不機嫌な日が多かった。外交官出身で米英との戦争に反対だった祖父・石井菊次郎は枢密院の中でも対米英強硬派の委員と対立し、孤立して苦しい立場に追い込まれていたのではないか。東京に帰る前に母に「間もなく日本はこの戦争に負ける。日本の歴史上経験したことがないほど大変な事態が起きるだろう。俺はもうその時この世にはいないと思うが……どんな事態になっても紀子と富士男だけはしっかり守り育てておくれ」と事実上の遺言を言い渡した。(止めるのも聞かず東京に帰った祖父はその後、空襲に遭って亡くなった。)


西條紀子

紀子さんは名古屋で市民運動に参加しました。名古屋に移って3年ほど経った頃「いずみの会」に入り、考え方を共有できる友達もでき、名古屋に自分の場所を得ることができました。家永教科書裁判の支援や九条の会にも加わり、最後の頃は「あいち九条の会」の世話人を務めました。中日新聞のインタビューを受けた記事があります。

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