『ランボオ』2.生地・シャルルヴィルへ(4)ランボオ博物館

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 公園を出ると、紅スモモの街路樹のならんだ街通りが伸びている。紅スモモは赤茶色の葉っぱを夏の陽に輝かせている。あたりにもこんもりと繁った紅スモモの大樹が眼につく。紅スモモはこの寒い北国によく育つ樹木なのかも知れない。この通りを五〇〇メートルも行って右手に折れると、ほどなくランボオの生家があり、いまは本屋になっている。さらに一〇〇メートルほどゆくと、まんなかに昔の領主か貴族らしい者の銅像の立っている、四角いデュカル広場があり、ちょうど市(いち)が立っていて賑わっていた正面に、朱色もあざやかな「ランボオ博物館」という看板が見えた。近づいてみると、街通りはランボオ博物館にぶつかって、博物館の裏はもう広いムーズ河になっていた。それまでムーズ河は博物館と家並みにかくれて見えなかったのだ。ランボオ博物館もムーズ河の中洲の島にまたがって立っている。十七世紀に建てられたという、この三階建ての石の家は、むかしは水車小屋であって、ランボオが少年だった頃はまだ水車が音をたてて廻り、小麦粉をひいていたという。
 ランボオ博物館といっても、この建物の三階がそれであって、一階と二階はアルデンヌ地方の郷土資料館になっている。フランスでは、どの町にもこういう郷土資料館というのがあって、そこにその町や地方の生んだ詩人や芸術家の記念室を併設するのがならわしのようである。
 たとえば、パリ北郊サン・ドニにあるエリュアール記念室も、サン・ドニ郷土資料館の二階にある。ここはパリ・コミューヌの貴重な資料を保管していることでも有名である。そのことが、はからずも詩人と郷土とのむすびつきやかかわりあいを、無言のうちに、あるいは具体的に物語っていてもくれる。ここの資料館では、「サン・ドニとパリ・コミューヌ」という小冊子が、エリュアールのカタローダや絵はがきといっしょに並んで売られていた……。
 ランボオ記念室の下の、アルデンヌの郷土資料館もまた独特のものであった。この地方で使われていた、むかしの鍛冶屋の黒ぐろとした道具類が眼をひく。古いフイゴもある。十八世紀から十九世紀中頃まで、一日一五時間労働で、この鍛冶道具で釘などをつくった説明書きがしてある。それはマニュファクチュアという言葉に、汗の匂いと労働のひびきで肉づけしているもののように見えた。それから大きく重そうな鋤(すき)や、やはり重そうな木靴(サボ)などが、アルデンヌの野づらでの辛い畑仕事をいまに物語っている。また、森のなかで小鳥やけものをとらえるワナやカスミ網のたぐいなどが陳列されており、その網を操作する絵図や、その綱を使って森の中で猟をしている情景を描いた油絵までがかけてある。さらにまた、調度品、陶器、皿、ランプのたぐいも並べてある。それらはいわば、フランスのこの辺境の地方において、人民が遠いむかしから、フイゴを動かして釘をつくり、木靴(サボ)をはいて畑を耕し、カスミ綱で小鳥をとったり狩りをして、一生懸命に生きてきた、その息づかいや、そのなかであげた陽気な歌ごえさえをも、いまに伝えているのである。ランボオの母親ヴィタリ・キュィフの実家もこの地方の小地主であって、ランボオじしんも時にはそこで畑仕事を手伝ったのだった……。
 ランボオの記念室はこの資料館の上にあった。黄色く色あせた詩人の写真や手紙や詩集などが、ガラスのケースに入れて陳列されていた。二十世紀の詩の世界に大きな影を落しつづけているランボオも、眼で見るその資料といえば何ほどのこともない。それは当然といえば当然なことだ。ランボオの偉大さ、その魅惑は、やはりかれのきらめく詩と生のなかにあるのだから……ひとつのケースの中の小さな説明書きがわたしの眼をひいた。
 「一八七一年二月二十五日、ランボオは三度目のパリ行きをくわだて、首都の街まちをさまよった後、徒歩で帰ってきた。かれはコミューヌに参加するため、四月〜五月に、四度目のパリ行きを敢行したのだろうか?」
 ランボオ博物館からの帰りしなに、受付の青年は、記念につぎのような言葉をわたしのノートに書いてくれた。
 「ランボオは、シャルルヴィルの生んだ、とてつもない賭である。だが、なんと至高の賭であろう」
 (つづく)

   (新日本新書『ランボオ』)

ランボオ博物館

ムーズ河畔に建つランボオ博物館


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