『ランボオ』2.生地・シャルルヴィルへ(2)音楽堂で

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 シャルルヴィル・メジェール駅は、アルデンヌ県の県庁所在地にしては貧弱な印象をあたえる小さな駅だ。駅前には小さな辻公園があって、小さな音楽堂がある。ランボオが「音楽堂で」という詩でうたった、その辻公園そのままである。

     音楽堂で
                   シャルルヴィル駅前広場
  木立も花も、みんなこぎれいな辻公園
  見すぼらしい芝生をあしらった広場のうえ
  毎木曜日の夕べ 暑さにうだったブルジョワどもが
  喘ぎあえぎ 愚劣さを大事にかかえてやってくる
  公園のまんなかでは 軍楽隊が軍帽を振りふり
  「横笛のワルツ」などを かなでている
  そのまわり いちばん前にはきざな洒落者が陣どり
  公証人は 頭文字のついた鎖などぶらさげている

  鼻めがねをかけた金利生活者くらしは 調子っぱずれの音楽にきき入り
  でっぷり肥った役人は でぶっちょの細君と連れ立ち
  そのわきを おせっかいな案内人たちが歩いてゆく
  細君たちの裾飾りは 広告のようにあでやか

  緑のベンチのうえには、乾物屋の隠居どもが集り
  握りのついたステッキで 砂地をかきたてながら
  ひどく大まじめに 講和条約などを論じている
  銀の嗅ぎたばこ入れを嗅いではまた始める「つまり……」

  はでなボタンを飾りつけ フラマン風な太鼓腹をした
  ブルジョワがひとり 丸い尻をどっかとベンチに据えて
  こぼれるばかり 煙草をつめたパイプをふかしている
  ──おわかりかな これは 密輸入ものですぜ!

  緑の芝生のふちでは ちんぴらどもがひやかし笑い
  トロンボーンの歌をきいて 恋ごころをあふられた
  うぶな兵隊どもは ばらの香りを吸いながら
  子守女をくどこうと 赤ん坊らをあやしている

  ──おれはといえば 学生のようにだらしない身なりで
  緑のマロニエの下で すばしっこい小娘らを追い廻す
  彼女たちはそれを承知で 笑いながら振り返る
  いたずっぽい 色気たっぷりのながし眼で

  おれは ものも言わずに じっと見つめる
  みだれ髪のしたにのぞいた 白いうなじを
  彼女たちの胴着や うすい衣装のしたの
  まるい肩から みごとな背なかを 眼で追う

  おれはすばやく 小さな靴や靴下までぬめまわし
  うつくしい熱の燃えるからだを 胸に思い描く
  彼女たちは おかしな男と思って ささやき合う
  おれの激しい欲望はもう 彼女らの唇に吸いついて離れない……

 ここでランボオは、自分の町のブルジョワたちをリアルに描いて、その反抗の精神をのぞかせている。
 この詩のとおり、木立やベゴニヤの花壇などでこぎれいな公園をつっきろうとすると、かたわらのベンチで休んでいた若い女と老婆が立ち上ってきて、「東洋(ロリヤン)からきたのか」とたずねる。「日本人だ」と答えると、両手にもった杖で身を支えていた老婆が「わたしも日本人です」という。そういわれてみれば、小柄な顔だちに日本人らしいところもなくはないが、尖ったワシ鼻や身ぶりなど、とても日本人とは見わけがつかない。聞けば、出身は東京で、イトオ・ヒロという名前で、娘がフランスの海軍士官の息子と結婚したので、いっしょについてきて、この町に住みついてしまったのだという。もう九十歳になるとも言った。老婆は思いがけぬ日本人にめぐり会ったなつかしさを、小さなからだいっぱいに表現していた。さらにいえば、遠い異国にただひとり残された者の、それは口では言いあらわしえない孤独と寂寥のぞかせていた……わたしもまたランボオの故郷の町で、帰化した日本婦人に出会おうとは夢にも思わなかった。
(つづく)

(新日本新書『ランボオ』1987年)

辻公園
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