土谷麓「斎藤林太郎詩集『暗い田園』序文」

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 「暗い田園」について

 この詩集は斎藤林太郎が二十年来書きつづけてきたおびただしい作品の中から比較的よいと思はれるものを選んで編集した処女詩集である。
 わが小白川が生み且育てた詩人たちは異質的な個性美を展開しながら共通する根底をもっている点で興味深いものをもっているが、とりわけ彼の場合は生活の場が田園である故か、奔放で情熱的でありしかもことばの線がふとく、また反対にほそく極めて微妙である。感情の振幅に素直な点、多分に生活記録的である。
 この詩集は編集の都合で三部にわけた。
 第一部「草の葉は歌う」には初期少年期の作品及び、第二次大戦に参加、満州、蒙古、南支、印度支那と彼の生涯中最大の旅行ともいうべき戦闘生活中の作品を収録したが「草の葉は歌う」一篇のもつ逞しい抒情精神がこれらの作品に同一の光を投げていると思はれたからである。
 第二部「暗い田園」には終戦を迎え召集解除となり、故郷に帰り書き続けた生活記録的なもの、比較的農民としての生活詩が主なテーマとなっているものを収録した。
 第三部「はじらい」には彼のポエジイが大きな展開を示した近年のもの、つまり社会的な諸事情に興味と関心をもち、すぐれたヒューマニズムの詩人として本格的な構えをもち始めた新らしい作品を収録した。
 以上は大体編集上の要略であるが、彼が詩を書き始めたのは確か一九三五年頃と記憶している。
 この小白川町で貧窮と孤独と絶望の中で詩作に苦闘していた僕のところに、姿を現わした彼は、実に紅顔の美少年であった。その頃この町には若い詩人が輩出した。彼のほかに山口作右エ門、今野吉次、斎藤金男、長橋貞夫、佐藤隆夫、土谷徹と言った十代の詩人が僕を訪れ、時折り深更迄詩を語り文学を語った。それは最も美しく愉しい時、精神の揺籃期でもあった。
 われわれは誰にも教えようとはしなかった。僕らは唯語ったのである。人生の真実と美しさについて、悲しみと辛さについて、耐え励むことについて、僕らはそこで魂の触れ合うことを感じていたのだ。ノートの詩をそのまま読み合い語り合ったのである。その素朴な感動は詩人のより強烈な素直な精神をいつのまにか育くみ次代えの強大な根底を植えつけてしまっていた。しかしこの愉しい美しい友愛的結合も長くはつづかなかった。先づ斎藤林太郎が兵隊にとられ、僕も一身上の都合で東京にでてしまった。その後まもなく第二次大戦が深刻化し、山口、斎藤金男、今野、佐藤、長橋、土谷徹、らもまるで野菜をひきぬくように戦争にもってゆかれ相ついで戦死し、現在残っているものは山口、斎藤林太郎、僕だけとなった。
 しかし第二次大戦も僕らの詩精神を奪うことはできなかった。多くの正義と抵抗の友情を虐殺した戦争も星座の光を消すことはできない。─次来八年間彼は除隊─招集─のるつぼの中で満州、蒙古、南支、印度支那、日本と彷徨した。彼はその間無数の作品をノートに書きしるしていた。彼にとっては生地小白川も、蒙古も、南支も、印度支那もさしたる変化を示さなかった。
 彼の眼にはすべてがわが友としてうつり、あるひは故郷の人々とさしたる変化を及ぼさなかった。彼は常に自己の在るところに於いて詩作した。このような広やかな友愛的精神はいつどこでどのようにしてかち得たものであろうか、─そのような対象に対しての包容力は彼のひとつの優れた特質として享受できるものであるが、その人間的な善性は、彼の場合強烈な個性色となって試作品の上に血液のような斑点を示している。その斑点は不思議な絶対性をもち、彼の詩人としての特徴をゆるがないものにしていると思う。
 「草の葉は歌う」から「死の灰」に至る道程は複雑な交錯音をひびかせ一種の振幅ある生命音となっているのもけだし彼が新らしいヒューマニティの詩人としてその特質を今后充分に歌いあげることを前提としてはじめて許容される運命をもつ農民詩人だからであると思う。
 僕らは生れいでたものは生れいでたものとして肯定したい、存在を甘受し、愛し、うけいれたい、あたたかく抱擁したい。
 農民詩人斎藤林太郎を律するものは広くは世界の田園である。
 どのような辺境の田園も彼には神の与えた土地だからである。土地を愛撫する、それは農民でなくて誰にできよう。彼は与えられた土地を愛している。その土地に定住しその土地に家畜を飼い、その土地に家族を養う。彼は土地と共に行き闘いそして死ぬ典型的な農民である。そのような強烈な想いと意志はこの一巻の処女詩集の至るところに潜んでいると思う。
 少女のようなはじらいを含んで──。

            一九五六年八月  土谷麓


(詩集『暗い田園』1956年9月)

暗い田園
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