『蠟人形』第13巻 (1942年 昭和17年)に登場する人々

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『蠟人形』第13巻 (1942年 昭和17年)目次を見ると博光の交友関係がうかがえます。

1月号「戦勝のラジオの前で」は西條八十が前年12月の真珠湾攻撃の報に接して歌った時局詩。
この巻は太平洋戦争に突入した1年目にあたり、文化宣戦(蔵原伸二郎)などの翼賛の論評や戦時歌謡、愛国詩の投稿欄が設けられなど、戦時を反映した紙面となっている。
「純白の花にそへて──若き友におくる──」の竹内てるよは1937年、若い詩人を結集して『新世紀』同人を主宰したものの、治安維持法により弾圧され、大野貞純さんら12名が犠牲になった事件の中心にいた人。
「われ極光を見たり」の今官一は、この連載で経済的に助けられたと思い出に書いている。
奈切哲夫、志村辰夫、小山田二郎は「新領土」同人で、親しい友人だった。
松本隆晴龍野咲人は長野県の詩人で、それぞれ深い交流があった。
楊明文は前橋に帰郷していた静江のアドレスを博光に教えた恩人。
斎藤磯雄はフランス文学者の友人。笹沢美明はリルケ研究者、高崎に疎開中に嶋田誠三らと詩のサークルをつくり、島田利夫も参加した。
関口政男は戦後、「角笛」同人に参加した。


蝋人形
後ろ左から鶴野峯生、大島博光、今官一、前左から今友一、高橋彰一、津軽書房社主
(壇一雄のカメラを鶴野峯生が借りてきて今友一が自動シャッターで写した。カメラはローライフレックス。一九五五年昭和30年2月)


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