フランスの味・イタリアの味

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フランスの味・イタリアの味
    ──ヨーロッパの味の思い出から──
                                 大島博光

 数年前,ヨーロッパを訪れたことがある.まず,パリのホテルの朝食に驚いた.コーヒーとパンだけなのである.ハム・エッグなどは別に注文しなければならない.はじめのうちは,そのたぐいを注文していたが,いつのまにかパンとコーヒーだけの朝食に馴れてしまった・・・
  わたしはリュクサンブール公園をぶらぶら歩いて,そこからモンパルナスの大通りを歩くのが好きだ.ラスパイユ通りと交叉するあたり,ふと見れば,あのロダ ン作の“寝巻き姿のバルザック”の巨像が,木立にまじって,ぬっと立っていたりして,わたしに不意討ちをくらわした.その前あたり,世界じゅうの文学者, 芸術家がよく集まる,クーポールやル・ドームといったカフェーが軒をつらねている.その横丁の路地をはいってゆくと,左手にル・プールボンネという,なんのへんてつもない小さなレストランがある.60歳ちかい,小肥りの女将(おかみ)というかマダムがスタンドの奥に立って,店をとりしきっていて,なんとなく気安さをおぼえる.そんなことでわたしはよくこの店に通った.
 フランス人のまねをして,まずサラダを注文し,さしさわりのないビーフステーキなどを注文する.むろん,赤ぶどう酒も4分の1(アン・キャール)を所望する.4分の1というのは,瓶1本の4分の1ということで,それが小さな水差しのような陶器 のなかに入れて,出される.テーブルのうえの瓶1本を前にしたフランス人をよく見かけるが,わたしなどには,4分の1でさえも飲みきれない.まずサラダが出るが,たっぷりとあるのに驚く.青い梅の実のようなものもはいっている.いんげんがうまい.鮭もうまい.サラダだけで,もう満腹をおぼえるほどだ.小さな店のなかは,いつのまにか満員で,わたしの前に,30歳ぐらいの婦人がひとり坐って,やはり赤ぶどう酒をのみながら,サラダから肉料理へと,たべている.彼女はやがて,デザートに桃(ペーシュ)の砂糖漬をとりながら,夕刊をひろげて読んでいる.わたしもそのペーシュをとったが,それは日本の白桃よりはふたまわりも小粒である.前の婦人は,砂糖漬のつゆまでスプーンですくって,なめ終ると,こんどはコーヒーである.そのあいだも,ひらいたままの新聞に眼をやっている.まことに夕食をゆうゆうとひとり楽しんでいる.いくら満員で,あとがつかえていようと,店の方でも,早く出て行ってほしい,というようなそぶりや気配はみじんも見せない.みんなが落ちついて,時間をかけて,デザートをたべ,コーヒーをのんでいる.それに料理をたべ終ると,“デザートは何んにしますか” “コーヒーにしますか,紅茶ですか” とギャルソンが聞きにくる.──わたしは,日本の高級なレストランはいざ知らず,ふつうの食堂やそばやで,どんぶりめしや一品料理をかつこんで,そそくさと出てゆく風景を思い出さずにはいられなかった.では,フランスの安食堂はどうなのか,ということになる.
 わが国でも有名な大詩人ポール・エリュアールの博物館が,パリの北郊サン・ドニの町にある.ある日,わたしはそこを訪ねて行った.この町には,フランス歴代の王たちの菩提寺である有名な大寺院 (パジリック)があると同時に,ガス会社などのある昔からの労働者街でもある.その蒼然とした大寺院を見てから,博物館に行ってみると,ちょうど昼食時にぶつかっていて,“午後2時まで閉館”という札がぶらさがっていた.つまり館員たちもゆっくり昼食の時間をとることになっているのである.そこでわたしも,近くの通りの小さなレストランにはいることにした.それはレストランなどというハイカラなところではない.入口の小さな部屋には,スタンドがあって,ぶどう酒などを飲むようになっている.
その奥に,日本の土蔵を思わせるような哀れな部屋があって,そこが食堂になっている.まさに,場末のそまつな一杯めしやといった風情である.ちょっと汚れの見える,白い上衣を着た男が4人,ぶどう酒を飲んでいた.恐らく肉屋の男たちにちがいない.わたしは何か料理を注文したが,女主人は,そんなものはできない,“仔牛の頭(テート・ド・ヴオ)”がある,という.そこでそれを注文する.やはり,サラダ・ヴェールが出る.赤ぶどう酒がアン・キャール運ばれる.それから,“仔牛の頭”が出る.じゃがいもと四角に切った肉とのクリーム煮である.これがこの日の,この店の,おすすめ品というわけだ.これ以外のものは出さないことになっているらしい.たべてみて,そのうまいのにわたしは驚いた.しつっこくなく,あっさりと塩味のきいたじやがいもと,とろけるような肉の昧──こんなうまいものを,その後パリでたべたことがない.恐らく,フランスの“おふくろの味”というところかも知れない.こんな“一杯めしや”でも,デザートはなんにするか,とききにくる.カマンベールのチーズとコーヒーを注文する.出てきたカマンベールが大きくて,塩からくて,半分もたべられない.じつはその時カマンベールの食べ方をわたしはまだ知らなかったのだ.それからちゃんとコーヒーがでる・・・こんな場末のそまつな食堂ででも,フルコースが出ることに変りはない.
 サン・ドニの食事が20フランであったのに,パリ・ボルドー特急の列車食堂の定食は,ひとり55フランぐらいであった。その頃,1フランはたしか70円ぐらいであった.客車はがらがらなのに,食堂車は満員で,フランス人たちは例によって,ゆっくりとぶどう酒をのみ,料理をたべ,陽気におしゃべりをしている.なかなか食堂車からは出ようとしないように見える.ふと見ると,となりのお婆さんが,ナイフとフォークを器用にあやつって,ムニエールの魚の身を,骨から梳きとるようにして,たべていた.やがて,おなじ料理がわたしのところにも運ばれてきた.鱒のムニエールで,そのうまいこと.そんな美味しいムニエールをわたしはたべたことがない.いつか飛騨の山の中の温泉宿で,朝, 昼,夜と鱒の塩焼きやフライばかりを出されて,へきえきしたことを思い出した.そのおんなじ鱒が,こんなにも美味しく変身するのである.その秘密は,ひとえにソースにかかっている.フランス料理の秘密はソースにある,ということを,わたしは身にしみて味わった.食堂車といっても,レストラン同様,フルコースをギャルソンがひとつひとつ給仕する.デザートには西洋梨が出た.それから,4種類くらいのチーズをのせた盆をもって廻って,客に好きなのを選ばせる. わたしはブルー・チーズをとることにした.じつは,チーズのたべ方を知ったのはその時だった.向うの席の若いフランス人の女性が,ちぎったパンにチーズをのせて,たべていたのである.なるほどこれなら,塩のきいたチーズもうまくたべられるというわけだ・・・・.
 ある日,カルチェ・ラタンの小さなレストランに入った.このあたりは,ソルボンヌ大学をひかえた学生街である.イタリア風の店で,ピザを焼く大きなカマドをそなえている.“イカフライ”を 注文したら,輪切りのイカのフライが大皿に山のようにあって,フリッツ(じやがいものフライ)もまたたっぷりと盛りあわせてある.わたしは,日本のてんぷらやの,小さなイカ天やエビ天やピーマンの揚げたのを,お上品に盛りつけた皿を連想せずにはいられなかった.あんな上品な量の少ない盛りつけでは,若い学生が満腹するはずもあるまい.わたしはカルチェ・ラタンの,“イカフライ”の実質的なサービスに感激したのである.
 食べものの量についていえば,イタリアのヴェローナの,ダンテ広場でたべたピザが思い出される.ヴェローナは,いうまでもなくロメオとジュリエットの町である.いかめしい顔をした ダンテの銅像の立っている広場からも,映画などでよく見る,あの煉瓦色をした物見の塔が見える.この広場の一隅に,屋根型のテントをいくつも並べた,大きなピザ屋がある.ここはピザ専門であって,飲みものを別にすれば,ピザ以外のものはない.やがて,そのピザが運ばれてきた.具もたっぷり盛られた,大きくて,部厚いピザである.わたしは,ぶどう酒をのみのみ,やっとその大きなピザをたいらげた.これだけで満腹になって,これだけで充分な夕食になる.ここでもわたしは,ヨーロッパ風な実質的なサービスに感服した.大きなピザで腹ごしらえをしたわたしは,ダンテ広場から近い,古代のままのアレーナ(闘技場)へむかって歩いて行った.夏の夜空の下で演じられるオペラ “トウランドット” を観るために・・・

(「臨床栄養」 第54巻第1号 昭和54年1月)
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