木村廣「小白川の詩人たち」(2)『詩の家』、大島博光

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反戦詩のながれ あしたへの脈絡──小白川の詩人たち(2)

佐藤沙羅夫が主宰した『詩の家』の山形の研究室主任が土谷麓でした。
「終生、山形に住んで、その自然と労働と、そして恋をうたった土谷麓が逝って、すでに十年という。山形の詩人を代表する、斎藤林太郎、丹野茂、木村廣が、彼の遺稿と思い出を特集しているが、そのあふれんばかりの詩の情熱と人間愛は、彼を知る人々の心に永く生き続けるだろう」(『詩の家』)

1956年の年末頃、斎藤林太郎の詩集『暗い田園』の出版記念会が東京で開かれたおりに、土谷麓、斎藤林太郎、丹野茂の3人は三鷹の博光宅を訪れました。長靴を履いた三人がドヤドヤとやってきたこの時の様子を博光は「『斎藤林太郎詩集』を読む 筵旗はちぎれ また立った」(『詩人会議』1988年6月号)に書いています。
そして「大島の家に泊まったとき、朝の台所から聞こえてきた、インターナショナルをうたう、大島夫人のうたごえが忘れられない」と3人がこもごも語っていたのでした。

小白川の2


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