ネルーダ「逃亡者」

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  逃亡者 Ⅰ

 はてしもない夜のなかを この世界のなかを
 あの暗い日日 わたしは 歩きつづけた
 涙を紙に書きつらねて 身をやつし姿を変えて──
 わたしは 警察に追われる お尋ね者だった
 透きとおった 夜ふけ
 孤独な星のまたたく 大空のしたを
 わたしは 町町をよぎり 森を抜け
 畠のなかを歩き 港町を通り
 戸口から 戸口へと
 ひとの手から 手へと 渡り歩いた
 夜は つらいものだ しかしひとびとは
 兄弟の合図を送ってくれた
 わたしは やみくもに
 道から道を通り くらやみを抜けて
 明りのともった戸口に たどりつき
 小さな星のようなともしびに迎えられ
 森のなかの狼に 食われずに残っていた
 ひとかけらのパンに ありついた

 あるとき 田舎の一軒の家に
 わたしは 深夜 たどり着いた
 わたしは その家のひとたちに一度も会ったことはなかったし
 かれらが 何をして生きているのか
 見当もつかなかった その時の.かれらは
 わたしの見知らぬ 新しいものであった
 わたしは家の中に入った 家族は五人だった
 まるで 火事の夜のように
 みんな 起きていた
 わたしは ひとりひとりの手を握った
 ひとりひとりの顔を見た
 それらの顔は なんにもわたしに話しかけなかった
 それは 街通りでも見かけたことのないような
 扉だった
 かれらの眼は わたしを知らなかった
 こうして 夜ふけに 着くやいなや
 わたしは ひどい疲れに くずおれてしまった
 ──「おやすみ わが苦しむ祖国よ」

 眠っているあいだも
 地上の もろもろのこだまや
 しゃがれた吠(ほ)え声や 孤独なもの音が
 夜どおし つづいていた
 そしてわたしは考えた 「おれはどこにいるのだろう?
 あのひとたちは 何ものなんだろう?──
 どうして きょう おれを泊めてくれたのだろう?
 いままで わたしに会ったこともないこの人たちが
 どうして扉をあけて迎えいれ おれの歌を守ってくれるのだろう?」
 誰も答えてはくれなかった
 ただ 木の葉の散る 夜の音がきこえ
 蟋蟀(こおろぎ)が うたを織っていた
 夜ぜんたいが
 木の葉の茂みの中で顛(ふる)えているように思われた
 夜の大地よ おまえは わたしの窓べに
 わたしの方へ そのくちびるを寄せてきた
 千の木の葉に迎えられつつまれたように
 わたしが やすらかに 眠れるように
 季節から季節へ ねぐらからねぐらへ
 枝から枝へと そしていつかいきなり
 おまえの根のなかに 死者として眠りこむのだ

(『ネルーダ詩集』角川書店 S47)

*上院議員だったネルーダが1948年1月、大統領ヴィデラの裏切りを上院で弾劾すると、ヴィデラは逮捕令状と投獄をもってネルーダに答える。2月5日、最高裁判所はネルーダの上院議員特権を剥奪し、翌日には逮捕令状が出された。ネルーダは地下生活に入らざるを得ない。一年二ヶ月のあいだ、かれは絶えず住居を変えて身をかくし、そのあいだに『大いなる歌』を書きつづける。

ネルーダ
馬に乗ってアンデスを越えるネルーダ


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