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ネルーダ「きこりよ めざめよ」Ⅰ 

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 きこりよ めざめよ

   カペナウムよ どうしておまえが天に上げられることがありえよう
   おまえは地獄にまで落とされるのだ ルカ伝十章十五節

     Ⅰ

コロラド河の西に おれの愛する土地がある
そこに おれは駆けつけるのだ
おれの身ぬちを 脈うちながら流れるもの
おれの過去と現在と おれの背負っているすべてをもって
あそこには 荒い野の風が千の手でつくりあげた
赤い岩山が 高い足場のようにそそり立ち
奈落の底からほとばしり出た真っ赤なものが
岩山のなかで鋼となり火となり力となった
水牛の皮のようにひろがったアメリカよ
かなた 星の降る高地めざして 駆けてゆく
かろやかな 澄んだ夜
おれはおまえの緑の露のさかずきを飲む
そうだ 荒あらしいアリゾナとごつごつしたヴィスコンシンをとおり
風と雪にたち向うミルウォーキーまで
あるいは ウェスト・パルムの灼(や)けつく沼地を
また タコマの松林のほとり
濃いはがねの匂いのする おまえの森のなか
母なる大地をぬって おれは歩いて行った
青い茂みをぬけ 滝にうたれる岩をわたり
音楽のように鳴りどよもす嵐をきき
修道院の祈りのような 川のせせらぎを耳にし
あひると林檎(りんご)と 土と水とのほとり
小麦をそだてる はてしない静けさのなかを
おれは歩いた

さて おれは中央の岩山から
眼と 耳と 手を大空にさしのばし
耳をそばだてて聞いた
書物 機関車 雪 たたかいを
工場 墓地 野菜畑 足音を

マンハッタンからは 船のうえの月を眺め
糸をつむぐ紡績機(ぼうせきき)の歌をきき
土をくらいこむ巨大な鉄のスプーンや
禿鷹のような頸をした掘削機(くつさくき)や
切断し 圧搾し 回転し 縫いあわす機械のひびきをきき
くりかえし生産する人びとと車輪の音をきいた

わたしは 小さな百姓家が好きだ
産後の女たちが漬けたタマリンドのような
甘酸っばい匂いをただよわせて眠っている
敷布にはアイロンがかかっている
玉ねぎ畑のなかの家家では火が燃えている
(川のそばでうたう男たちは
川底をころがる石のように しゃがれた声をしている
かれらは広い葉っぱから自分でつくった煙草に
かまどのまわりで 火をつけた)
ミズーリ州へ行って 見るがいい
チーズと小麦粉を
黒びかりのするテーブルは よい香りをたてている
男が 麦畑で働いている
馴らされたばかりの若駒は
パンとうまごやしの匂いをふりまいている        
鐘楼があり ひなげしがあり 鍛冶屋(かじや)がある
そうして鬱蒼と茂った森のなかでは
愛が そのあごをひらいている
大地から生れた夢のなかで

北アメリカよ おれたちが愛するのは
おまえの仮面ではなく おまえの平和だ
おまえは美しくて ひろびろとしている
戦うおまえの顔は うつくしくはない
おまえは おまえの川岸で洗濯をする
白人の女のように 貧しい生れなのだ
おまえのやさしさ おまえの蜜のような平和は
いつともわからぬ遠い時代につくられた
おれたちが愛するのは オレゴンの泥で
手を赤く汚した男だ
象牙の国の音楽を
おまえの処へはこんできた黒人の少年だ
おれたちが愛するのは おまえの町だ
おまえの富 おまえのひかりだ
西部の開拓精神だ
蜂蜜のとれる平和な村だ
トラクターの上のたくましい若者だ
おまえがジェファソンからうけついだ
からす麦の畑だ
海のようにひろいおまえの大地を
地ひびきをたてて つっ走る列車の車輪だ
煙をはく工場と 新しい開拓地での
千番目のくちづけだ
おれたちが愛するのは おまえの労働者の血と
油だらけの人民の手だ

もう遠いむかしから 大草原の夜空の下
静まり返った水牛の皮の上には
おれたちの生れる前にいたひとたちの
言葉や歌が鳴りひびいていた
メルゲィルは 海べの松だ その枝から
龍骨と腕木といっそうの舟が生れた
穀物のように数かぎりもないホイットマン
暗い数学にとじこもったポオ
ドライサー ウルフ
かれらは おれたちの生れる前のなまなましい傷口だ
また近くはロックリッジが 土の奥に葬られ
そのはか どんなに多くのものが
くらやみのなかで眠っていることか
かれらの上にも 半球のおんなじあけぼのが赤く燃えている
かれらこそ いまあるおれたちをつくったのだ
権勢をほこった王子たちや
眼さきのきかぬ愚かな指導者たちも
さまざまな出来事や うつろう季節のあいだで
あるときは恐怖におののき
あるときはよろこびにふるえ
また死の悲しみにうちひしがれ
いまは 隊商のいきかう草原の下に眠っている
その頃は ほとんど足を踏みいれるものもなかった
暁野のなかにも
罪もないのに迫害されたひとたちや
汗みずたらして草原をきりひらいた先駆者など
どんなに多くの死者たちが眠っていることか

フランスから 沖縄から レイテ環礁から
吹き狂う風のなかを 海を越えて
ほとんどすべての若者たちが帰ってきた
ほとんどすべての………この泥と汗の物語は
なんとも つらくにがにがしいものだった
(ノーマン・メーラーはそれを書きとめた)
若者たちは 岩にくだける波の音も
ろくすっぽ聞かなかった
花の咲きこぼれた明るい島島に辿りついたものも
ただ そこで死ぬためだった
血と汚物が 垢(あか)と鼠が
いつもかれらにつきまとい
すさんで疲れきった心が戦っていた
それでもかれらは帰ってきた
おまえは ひろびろとした大地に迎えいれた
そしてかれら(帰ってきたものたち)は
名もない無数の花びらの閉じるように
おのれの家にとじこもった
戦争の傷ぐちを忘れて よみがえるために

(角川書店『ネルーダ詩集』1972年)

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