幸徳秋水の処刑以来

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1988.10.1(土曜日)
やっと秋晴──九月いっぱい雨つづき
幸徳秋水の処刑以来、絞首台の影はずっと日本人民のうえにのしかかってきた・・・意識すると否とにかかわらず その影は詩人たちの内部にも重くのしかかって
いつか 彼らは 遁世 隠棲 世捨てを美徳とみなし ひとつの伝統とみなすようになる・・・それは 居ながらの亡命であり 逃げであった
   *
やばいことは口にしない
あぶないことには近寄らない
という逃げの精神を形成する
狼がペンを持って
狼のことばで人民を脅しつけ
人民を陥し入れた

おれたちは労働者で農民だ
素手で生まれてきた
しがない人民だ
うろついている犬どもが
いつでも踏み込んできた

母親の目の前から
息子をひたてて行った

カシの棒でひったたき
逆さ吊りにして焼きを入れた
そうしてやつらは
小林多喜二を虐殺した
紫腫れの丸太にして

すべては神の名で
狼の名で 行われた

孤独な心象風景や
暗い内面世界のなかに逃げこんでいた

非合理や神秘や幽玄のなかに
現実を忘れさせる 現実離れの島に

(日記1988年10月)

千曲川
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