詩に翼をあたえよう

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 詩に翼をあたえよう
                        大島博光

 サンフランシスコ講和條約と安全保障條約は、奇怪な一部の日本人たちによって批准された。(奇怪な日本人という意味は、それがはたして日本と、日本民族をほんとうに愛し、その運命にこころを痛めるほんとうの日本人かどうか疑わしいからである。)英国の隷属にくるしんでいるエジプト人たちさえ、「日本はエジプトのようにあとで後悔するような條約をむすぶべきではない」と警告している。それは、平和の條約でもなければ、日本人の安全を保障する條約でもなく、「死と戦争と破壊を意味する」(クライヴ・エヴァット)條約だ。われわれ日本民族の運命が祖国の運命が、奇怪な相場師の手によって賭けられているのだ。
 これが、われわれにはどうでもよい、どうにもならない問題だなどと言って、おられるだろうか。われわれの首がしめられ、手くびに手錠がはめられようとしているのに、狼の民主主義によって、羊の自由が締め殺されようとしているのにわれわれはなお沈黙にふけっていられるだろうか。しかも、ここには、われわれのいたいけな子供たちの運命まで賭けられ、われわれの未来まで賭けられているのに、なおわれわれがおし黙っているなら、われわれはもう愛を口にすることはできないだろう。
 われわれは、平和と自由のための全面講和をなお主張し、そのためにたたかうことができるのだ。
 街では、いたるところから、パチンコの鉛玉のはじけるうつろな音がきこえてくる。子供たちの紙芝居にまで、二挺拳銃の西部劇があらわれ、新しいファシズムの子供版がよみがえって来ている。競輪場行の特別バスがしたてられ、競馬場行の特別電車がしたてられる。オペラ・ハウスの巨大な賭博台とビンゴ屋の緑テーブルとは無縁ではない。汚辱と退廃と忘却がみちみち、奇怪な日本人たちによって奨励されている。
 戦争を放棄した憲法が、いまやふみにじられ、怪しげな自衛力の名のもとに、暴力の部隊が──おそらく兄弟に向けられるだろう機関銃や大砲が、ふたたびととのえられようとしている。外国の部隊だけでは足りないのだろう! 働いても働いても、ひとびとの米びつは空っぼなのに、もう機関銃や弾丸ばかりつくられている。誰が、それを平和と独立のためだとあかしすることができよう。
 しかし、去年の暮には、デパートの従業員組合さえストライキに立ち上った。立ち上らざるをえなかったのだ。しかし、悪どい弾圧にもかかわらず、闘争は高まった。
 これらすべてのことは、ばらばらの現実でもなければ、とるに足らない現実でもなければ、詩人に無縁な現実でもない。人間が脅かされ、文化が脅かされ、自由が脅かされ、平和が脅かされながら、それがなお詩人に無縁だなどと言うことができるだろうか。
 「いまやすべての詩人が、ほかのひとびとの生活のなかに、共通の生活のなかに、根深くはいりこんでいるということを、主張する権利と責務とをもつ時がきた。……詩人の孤独は消えさった。」とエリュアールは語った。
 詩人はいまこそひととびの生活のなかに、現実のなかに、人間の運命を、文化の運命を、自由の運命を、祖国の運命を、平和の運命を読みとり、歌い告げるべき時である。詩人の運命そのものが、ほかのひとびとの運命、祖国の運命と深くむすびつき、ひき離すことはできないのだから。飢えのなかで、なお絵に描いたパンやまぼろしの洒を歌うのは、悲しい奴隷のなぐさめでしかない。ふたたび若ものたちが死へ駆りたてられようとしているとき、死の讃歌をうたったり、奴隷の眠りの歌をうたっていられるだろうか。いまこそ、小さな生活のひだのなかからさえ、現実の本質をとらえ、眼に見えるものに変えなければならない。露路でのささやきや呻めき、若ものたちの怒りや深い希望、ひとびとの涙とねがいは、生きた言葉に変えられ、高められ、深い詩のひびきをとって、真実と希望をかきたてるだろう。詩は、現実をうつす鏡であるばかりでなく、現実を変えるエネルギイと希望をつくり出すだろう。いまこそ、詩が、四月の風のように、ひとびとの胸に春と光りをささやく、深いひびきをとりもどすべき時だ。いまほど、詩人のふかい愛の歌が、待たれている時はない。闇が深ければ深いほど、詩は闇の意味をあばきだし、ひとびとの眼に光りを投げなければならないのだ。
 詩の風たち、雹に荒された葡萄畑から、雲のたれこめた山はざまから、原子沙漠の瓦礫の街から、灰いろの裏街から、坑山のしめった窪地から、さまざまな現実のひびきをとらえ、大きなコーラスとなって鳴りひびけ。

(『日本ヒューマニズム詩集』1952年度* 三一書房)
*11人の編集委員の選によるアンソロジー
・大島博光の選(15篇)
・大島博光 詩に翼をあたえよう(選者の序文)
・高橋玄一郎 無力性
・中村慎吉 春への歩み
・小熊忠二 妻への便り
・谷川雁 人間A
・田村正也 硫黄島
・丹野茂 安夫の牛が殺された夜
・関口政男 木々の歌
・北條さなえ この街
・斎藤林太郎 冬
・島田利夫 ふるさとの川の岸べに
・末次正寛 こころに告げる歌
・さとうかずお 村の夜警小屋
・竹山直七 死の十字
・瓜生年夫 算盤よ
・大島博光 夜の街で

三鷹の自宅にて
末次正寛さんと(1952年ころ)

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