『エルザの狂人』解説(第二章・第三章)Aragon, Le fou d'Elsa

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(第二章・第三章)

 第二章は、「大臣アブル・カシム・アブド・アルマリクの空想的な生涯」という題名もち、「国土回復戦(レコンキスタ)」の歴史を敗北したイスラムの側から描いている。「アンダルシアの哀歌」はそれを反映している。

 王ボアブディルは人夫に変装して、哲学者たちの夜の集会に出る。この「理性の手品師」たちは、ギリシャ哲学者アベロエスの理性論を信奉している。ギリシャ哲学を支持するファシファたちによれば、知の進歩は人間能力の尺度であって、一歩一歩、人間の意識を奇跡や神秘から解放するということにある。こうしてすべての人間のあいだに平等が生まれ、理性の主権が確立する。これらの進歩がひとつにまとまって、将来、理性的な人間たちの共和国が現実のものとなるだろう。この故に、未来は「アンダルシアにおける新しい理性(イデエ)」となる。
 未来についての討論会が開かれる。イスラムの狂信的純粋主義者であるファリジィトたちと、理性を信仰の助けと見るムータジリートたちとが対立する。前者は「そこには神の未来しかない」と言い、後者は「そこには人間の未来しかない」と言う。
 アンダルシアの詩人イブン・アミルがアラゴンに代って「未来の歌」をうたう。つまりアラゴンはこの詩によって討論会に参加する。そしてこの詩は『エルザの狂人』のなかの頂点のひとつであって、人間追求、死にたいする闘争というアラゴンの主題がみごとに追求されている。未来とは、進歩のひとつの過程であり、ひとつの段階であり、人類の思想が不幸から奪いとる地歩である。「男の未来は女だ」という言葉は、無神論的ヒュマニスムと生まれてくる新しい世界に切り離しがたく結びついている。

 「グラナダ包囲」はムーア人たちの不意をつく。王の御前会議で、高官たちは敵のカトリック王たちとの交渉を主張する。カトリック王たちは彼ら高官たちの財産を保証してくれるだろうという思わくから。それはちょうど、一九四〇年のパリ陥落およびヴィシー政権の頃を思い出させる。そのとき、フランスの支配層はヒットラーとの交渉に専念し、ヒットラーの対ソ攻撃を期待するという思惑にとりつかれていて、もっぱら国内の民主勢力を弾圧したのだ。その頃を思いあわせてアラゴンは書く。「われわれは後年、わが国の高官たちが、祖国を守ることに絶望困惑し、兵士、労働者、教師たちを汚辱のなかに投げこみながら、国を守る振りをしていたときのわれわれをそこに見る思いがする。

「無用な戦争」
 降伏を主張する大臣や高僧たちはユダヤ人を非難し、ユダヤ人狩りをおし進める。王ボアブディルはユダヤ人擁護にまわり、悪辣な大臣アブル・カシムを解任し、その代りにユースーフ・ベン・クニヤを任命し、ムーサ・ベン・アブール・ガジを精鋭部隊の司令官に任命する。この愛国的将軍はふたたび弾薬の製造を命じ、青年たちを結集して敵に当らせる。彼はグラナダの門を開かせ、そこに押しよせる難民たちを迎え入れる。一四九〇年、グラナダのレジスタンスの主要な目的は、フェルディナンド軍をゲリラ戦によって攻撃することであった。
(つづく)

<自筆原稿>

 第二章 大臣アブル・カシム・アブド・アルマリクの空想的な生涯
アル・アンダルシアの哀歌 LAMENTATION D'AL ANDALUS POUR UN JEUNE ROI

 第三章「1490年」
未来の歌 ZADJAL DE L'AVENIR
・むだな戦争 CHANT DES COMBATS INUTILES

シャクナゲ
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