えにしだ(抄)
アラゴン/大島博光訳
おお えにしだは幸いなるかな
つねによみがえってまた花咲き
あるのは 青春の季節ばかり
恋びとでいる 運命ばかり
おお 時の流れの編みだすドラマよ
明日の日は 以前に似ている
この人生は 戦争なのだ
われら二人は 引き裂かれる
わたしのなかで 何が始まるのか
この胸裂ける思いは何なのか
恋びとのこの長い旅立ちは──
彼は別離のいやますのを覚える
もしもわたしから魂が脱け落ち
また えにしだが燃えあがって
わたしに黒い顔を残すなら
わたしは何を信じていいかわらない
生きてか死んでか 脈うつ血は
もう わたしの身から退(ひ)いてゆく
わたしの感じるこの者ほどに
みじめな殉難者はいない
わたしはわたし自身の底に落ちる
そこに苦しみは果てしもない
もうきみの手にもさわれない
愛してると言うこともできない
もう何年になるだろうか
わたしがこの恐怖に生きてから
わが夜よるに わが昼ひるに
おのれの死を思いみてから
わたしは傷ついた犬にすぎない
泣き声があまりにかぼそくて
ひとの気にも留まらずに 夜
扉のかげに放って置かれた
きみがわたしから離れるとき
つめたいつれないわが恋びとよ
生か死かわたしは不安になる
不安になる きみが行ってしまうと
それを思っただけでわたしは死ぬ
あんなに高く ひとりで 速く
あんなに小さく あんなに小さく
どこに輝いてる?わたしの星よ
さまよいただよう わたしの星よ
わたしの星よ わたしの責苦よ
むなしくわたしが世界の果てに
探しもとめる わたしの星よ
ひとしずくの雨粒のように
消えさってゆく わたしの星よ
対(つい)のない空の わたしの星よ
遠くに輝く 一滴の涙よ
わたしの星よ わたしの瞳よ
哀れなわが遠い幸せよ
この永遠の無の世界の
夜明け前の豆ランプよ
青くて白い わたしの星よ
わが苦しみよ わが狂気よ
わが記憶よ わが忘却よ
千の光芒をもつ わたしの星よ
こうした時間と空間は
われら二人をひき裂いてゆく
石にぶつかった膝のように
砕けて割れたグラスのように
いまよりはもうわたしの手の
とどくことのない わたしの星よ
そしてえにしだの燃える火とともに
こんどはわたしが消えてゆく番だ
(『エルザの狂人』)
解説 この詩は『エルザの狂人』の「グラナダの陥ちる前夜」の章にみられる。スペイン・キリスト教軍の攻撃によってイスラム王朝は敗北し、グラナダは陥落する。この苦境のなかで主人公メジュヌーンは狂人となり、うわごとのようにこの詩をうたう。メジュヌーンに託して「時間の持続のドラマ」をうたうのは老年のアラゴンじしんである。そのとき妻のエルザはまだ生きていたが、すでに老いて病気がちであった。エルザの死、おのれの死を絶えず思いみていた詩人の想いがこの詩によく現われている。
花咲くえにしだの春と人間のはかなさを対比したこの詩は、「年々歳々花新たなり──年々歳々人同じからず」という東洋の名詩を思い出させずにはおかない。
(詩誌『稜線』1999年7月)
アラゴン/大島博光訳
おお えにしだは幸いなるかな
つねによみがえってまた花咲き
あるのは 青春の季節ばかり
恋びとでいる 運命ばかり
おお 時の流れの編みだすドラマよ
明日の日は 以前に似ている
この人生は 戦争なのだ
われら二人は 引き裂かれる
わたしのなかで 何が始まるのか
この胸裂ける思いは何なのか
恋びとのこの長い旅立ちは──
彼は別離のいやますのを覚える
もしもわたしから魂が脱け落ち
また えにしだが燃えあがって
わたしに黒い顔を残すなら
わたしは何を信じていいかわらない
生きてか死んでか 脈うつ血は
もう わたしの身から退(ひ)いてゆく
わたしの感じるこの者ほどに
みじめな殉難者はいない
わたしはわたし自身の底に落ちる
そこに苦しみは果てしもない
もうきみの手にもさわれない
愛してると言うこともできない
もう何年になるだろうか
わたしがこの恐怖に生きてから
わが夜よるに わが昼ひるに
おのれの死を思いみてから
わたしは傷ついた犬にすぎない
泣き声があまりにかぼそくて
ひとの気にも留まらずに 夜
扉のかげに放って置かれた
きみがわたしから離れるとき
つめたいつれないわが恋びとよ
生か死かわたしは不安になる
不安になる きみが行ってしまうと
それを思っただけでわたしは死ぬ
あんなに高く ひとりで 速く
あんなに小さく あんなに小さく
どこに輝いてる?わたしの星よ
さまよいただよう わたしの星よ
わたしの星よ わたしの責苦よ
むなしくわたしが世界の果てに
探しもとめる わたしの星よ
ひとしずくの雨粒のように
消えさってゆく わたしの星よ
対(つい)のない空の わたしの星よ
遠くに輝く 一滴の涙よ
わたしの星よ わたしの瞳よ
哀れなわが遠い幸せよ
この永遠の無の世界の
夜明け前の豆ランプよ
青くて白い わたしの星よ
わが苦しみよ わが狂気よ
わが記憶よ わが忘却よ
千の光芒をもつ わたしの星よ
こうした時間と空間は
われら二人をひき裂いてゆく
石にぶつかった膝のように
砕けて割れたグラスのように
いまよりはもうわたしの手の
とどくことのない わたしの星よ
そしてえにしだの燃える火とともに
こんどはわたしが消えてゆく番だ
(『エルザの狂人』)
解説 この詩は『エルザの狂人』の「グラナダの陥ちる前夜」の章にみられる。スペイン・キリスト教軍の攻撃によってイスラム王朝は敗北し、グラナダは陥落する。この苦境のなかで主人公メジュヌーンは狂人となり、うわごとのようにこの詩をうたう。メジュヌーンに託して「時間の持続のドラマ」をうたうのは老年のアラゴンじしんである。そのとき妻のエルザはまだ生きていたが、すでに老いて病気がちであった。エルザの死、おのれの死を絶えず思いみていた詩人の想いがこの詩によく現われている。
花咲くえにしだの春と人間のはかなさを対比したこの詩は、「年々歳々花新たなり──年々歳々人同じからず」という東洋の名詩を思い出させずにはおかない。
(詩誌『稜線』1999年7月)
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