エルザへのほめうた エルザ・ワルツ
ルイ・アラゴン 大島博光訳
どこへゆくのか 思想よ どこへゆくのか うらぎりものよ
スフィンクスは じっと燃える砂のうえに ひざまずいている
それにくらべ 動かぬ「勝利の女神」は いまや色あせている
石壁のなかに とじこめられ
その大むかしのはしけから 飛びたつこともできず
なんとこころうばう 魔術のような 未知のワルツが
狂おしい思いのように さからうすべもなく わたしをはこびさるのか
わたしは足もとに感じる このいたましい時代のながれゆくのを
エルザよ これはなんというしらべ
わたしはもう口もきけず 足はもうしらべにさそわれるまま
このワルツは 一杯の酒 ソーミュールの 葡萄酒さながら
このワルツは あの酒 おまえにだかれて わたしの飲みほした酒
おまえの髪は こがねに輝き わたしの歌は ふるえ高鳴る
このワルツをおどろう 壁をとびこえるように
おまえの名がそこにつぶやかれる エルザはおどる おどりつづける
青春が そこにきらめく わたしたちの若い日は 短かかった
モンマルトルへ わたしたちは行った 泣いたことを 忘れるために
わたしたちの夜は あのにせのま昼の 秘密を 忘れてしまった
だがわたしたちの夜は 愛をも忘れてしまったのか
あんなに重い愛を エルザはおどる おどりつづける
それから人生は その夢のかかとで ぐるっとまわった
わたしは多くの友を失った 目さきの富くじをひいたものもいた
ねむりながら つまらぬ海綿への愛を語ったものもいた
闇にむしばまれた おろかなひとたち
英雄たちをあざ笑った まちがったほらふきたち
おぼえているか あの歌を お白いをつけた真夜なか わたしたちのために 色のうすい ネグロの女が うたってくれた あの歌を
夜明けまえに 帰えりがてら わたしたちは ひと息いれた
そんな夜を いく夜すごしたことか
おお怒りを知らなかった時代よ エルザはおどる おどりつづける
*
つけで 買った タイプライターの おかげで
わたしたちは いく月も いく月も ひどい苦労をした
わたしたちは一文なしだった 愛するにも 金がかかる
わたしのこころくばりは おまえのほほえみ
わたしは言うことができたのだから エルザはおどる おどりつづけると
それから人生は そのガラスのかかとで ぐるっとまわった
運命というボヘミヤン楽師は ほかのヴァイオリンを手にとった
わたしたちは むごくきびしい世界を かいくぐって旅した
世界は 頭をのけぞって うめいた
楽師のリフレーンにまじえて 息もたえだえの呻めき声を
おまえは 宝石をつくった よると 町のために
おまえの手の オペラのなかで すべては廻って 頸飾りになった
ぼろの 小ぎれも かがみの かけらも
栄光のようにうつくしい 頸飾り
信じられぬほどうつくしい頸飾りよ エルザはおどる おどりつづける
わたしは売りに行った ニューヨークの 商人へ さらにまた
ベルリンの リオの ミランの アンカラの商人へ
砂金をとるような おまえの指が がらくたからつくった その宝石を
花々にも似た その小石たちを
おまえの色をした小石たちを エルザはおどる おどりつづける
それから人生は いきどおりのかかとで ぐるっとまわった
いなづまが ネオンサインを さっとよぎった
あらしの馬車をひく くろ雲の馬たちの
そのいななきが きこえてきた
ジャズは アコーデオンを 太鼓にかえた
あとに来るものは もう思うままには おどれぬだろう
シーザーが きみたちを 金狼のように むさぼり食おうと するとき
しかも ラザロの墓に うずまいているあれは なんの歌
おまえにきこえるか あの奇妙なリズムが
偶然がおどる舞踏会でエルザはおどる おどりつづける
わたしたちは よこぎってきた 台風と 運命のなかを
地獄は 地上にあるのだ そして天国も 地上に落ちてくるだろう
だがいまや 恐怖のあとに あけぼのが やってくる
愛は死に うち勝つのだ
エルザはまだ踊っている エルザはおどる おどりつづける
そうして人生は その藁のかかとで ぐるっとまわった
その眼をきみたちは見たことがあるか それは子どもの眼だ
大地はたたかいなしに ひとつの太陽を生みだすだろう
戦争は おわらねばならぬ
だが勝利者として そこをくぐりぬけてくるのは人間でなければならね
わたしの愛の名はただ一つ その名は年老いぬ希望
わたしはいつも ききとる希望のあたらしい交響楽を
そうして くるしみの底で そのひびきをきくきみたち
眼をあげよ フランスのうつくしい息子たち
わたしの愛の名はただ一つ わたしのほめうたは終る
(『ポエトロア』第3輯 1953年11月)
ルイ・アラゴン 大島博光訳
どこへゆくのか 思想よ どこへゆくのか うらぎりものよ
スフィンクスは じっと燃える砂のうえに ひざまずいている
それにくらべ 動かぬ「勝利の女神」は いまや色あせている
石壁のなかに とじこめられ
その大むかしのはしけから 飛びたつこともできず
なんとこころうばう 魔術のような 未知のワルツが
狂おしい思いのように さからうすべもなく わたしをはこびさるのか
わたしは足もとに感じる このいたましい時代のながれゆくのを
エルザよ これはなんというしらべ
わたしはもう口もきけず 足はもうしらべにさそわれるまま
このワルツは 一杯の酒 ソーミュールの 葡萄酒さながら
このワルツは あの酒 おまえにだかれて わたしの飲みほした酒
おまえの髪は こがねに輝き わたしの歌は ふるえ高鳴る
このワルツをおどろう 壁をとびこえるように
おまえの名がそこにつぶやかれる エルザはおどる おどりつづける
青春が そこにきらめく わたしたちの若い日は 短かかった
モンマルトルへ わたしたちは行った 泣いたことを 忘れるために
わたしたちの夜は あのにせのま昼の 秘密を 忘れてしまった
だがわたしたちの夜は 愛をも忘れてしまったのか
あんなに重い愛を エルザはおどる おどりつづける
それから人生は その夢のかかとで ぐるっとまわった
わたしは多くの友を失った 目さきの富くじをひいたものもいた
ねむりながら つまらぬ海綿への愛を語ったものもいた
闇にむしばまれた おろかなひとたち
英雄たちをあざ笑った まちがったほらふきたち
おぼえているか あの歌を お白いをつけた真夜なか わたしたちのために 色のうすい ネグロの女が うたってくれた あの歌を
夜明けまえに 帰えりがてら わたしたちは ひと息いれた
そんな夜を いく夜すごしたことか
おお怒りを知らなかった時代よ エルザはおどる おどりつづける
*
つけで 買った タイプライターの おかげで
わたしたちは いく月も いく月も ひどい苦労をした
わたしたちは一文なしだった 愛するにも 金がかかる
わたしのこころくばりは おまえのほほえみ
わたしは言うことができたのだから エルザはおどる おどりつづけると
それから人生は そのガラスのかかとで ぐるっとまわった
運命というボヘミヤン楽師は ほかのヴァイオリンを手にとった
わたしたちは むごくきびしい世界を かいくぐって旅した
世界は 頭をのけぞって うめいた
楽師のリフレーンにまじえて 息もたえだえの呻めき声を
おまえは 宝石をつくった よると 町のために
おまえの手の オペラのなかで すべては廻って 頸飾りになった
ぼろの 小ぎれも かがみの かけらも
栄光のようにうつくしい 頸飾り
信じられぬほどうつくしい頸飾りよ エルザはおどる おどりつづける
わたしは売りに行った ニューヨークの 商人へ さらにまた
ベルリンの リオの ミランの アンカラの商人へ
砂金をとるような おまえの指が がらくたからつくった その宝石を
花々にも似た その小石たちを
おまえの色をした小石たちを エルザはおどる おどりつづける
それから人生は いきどおりのかかとで ぐるっとまわった
いなづまが ネオンサインを さっとよぎった
あらしの馬車をひく くろ雲の馬たちの
そのいななきが きこえてきた
ジャズは アコーデオンを 太鼓にかえた
あとに来るものは もう思うままには おどれぬだろう
シーザーが きみたちを 金狼のように むさぼり食おうと するとき
しかも ラザロの墓に うずまいているあれは なんの歌
おまえにきこえるか あの奇妙なリズムが
偶然がおどる舞踏会でエルザはおどる おどりつづける
わたしたちは よこぎってきた 台風と 運命のなかを
地獄は 地上にあるのだ そして天国も 地上に落ちてくるだろう
だがいまや 恐怖のあとに あけぼのが やってくる
愛は死に うち勝つのだ
エルザはまだ踊っている エルザはおどる おどりつづける
そうして人生は その藁のかかとで ぐるっとまわった
その眼をきみたちは見たことがあるか それは子どもの眼だ
大地はたたかいなしに ひとつの太陽を生みだすだろう
戦争は おわらねばならぬ
だが勝利者として そこをくぐりぬけてくるのは人間でなければならね
わたしの愛の名はただ一つ その名は年老いぬ希望
わたしはいつも ききとる希望のあたらしい交響楽を
そうして くるしみの底で そのひびきをきくきみたち
眼をあげよ フランスのうつくしい息子たち
わたしの愛の名はただ一つ わたしのほめうたは終る
(『ポエトロア』第3輯 1953年11月)
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