松代の養蚕の話(1)

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松代の養蚕の話(1)

雨宮:かって松代に原製糸場があったけれど、場所はどこにあったのかしら。原さんの家は関係なかったのかしら?

原:うちは原製糸場とは関係ないよ。場所はどこどこにあったみたいだ。富岡製糸場で技術を身につけた和田英が松代に帰ってきて教えたんだけれど、彼女の優れていたのは文書に書いたこと(富岡日記)だね。大勢の工女がいたんだけれど、書き残さなければ何もわからないものね。

大島:松代にも製糸場があったんですか?養蚕が盛んだったことは父の実家が養蚕農家で、本に載っていることから知っていたが。

雨宮:どこでも養蚕をやっていたわね。お蚕が葉を食べるとものすごい音がしてね。

大島:「雨の降るような音をたてて/みんないっせいに青い桑の葉をたべた」と詩「山の村と村のひとたち」に書いていますね。富岡製糸場といえば、本庄(埼玉県)の大野英子さんが話していましたね。「児玉は養蚕の本場だったけれど、繭を買いたたかれて、買いたたかれて、恨み重なる富岡製糸場!」と。この詩でも繭買いが安いねだんで買いたたいて行ったと書いています。どこも百姓がしぼりとられるのはおなじですね。
(つづく)

養蚕
博光の実家の様子(養蚕農家を記録した本より)
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