『アラゴン』──ヴェネチアの悲劇 3)おお ヴェネチアよ

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3)おお ヴェネチアよ
 一九二八年七月、アラゴンとナンシーはヴェネチアヘ出かける。彼らは大運河のほとりの豪華なホテルに滞在することになっていた。だが、アラゴンにはナンシーとの豪華な旅につきあうだけの金がなかった。その頃、彼の収入といえばガリマール社から毎月入る数千フランだけであった。
 そこで、シュールレアリスト仲間のマルセル・ノルが、アラゴン所有のブラックの絵を売るように提案する。それはブルトンの勧めでアラゴンが画商カーンワイラーの競売で二四〇フランという安値で買ったブラックの『水浴する女』で、ブラックにとって、ちょうどピカソにおける『アヴィニョンの娘たち』の位置を占める作品であった。アラゴンはこの絵に愛着をもっていたが、もはや売る以外に方法はなかった。そこでノルは、この絵をキュトリ夫人のところへもちこんで、即金として5千フラン、後払いとして二万五千フランで売りつける。小切手で後で送られてくるこの金をあてにして、アラゴンはナンヌ(ナンシーの愛称)のお伴をしてヴュネチアヘ行く。ところが、長いこと待っても小切手はとどかない。アラゴンはきわめて苦しい立場に立って、二人の間も耐えがたいものになる。いつまでもそんな状態に耐えられず、そこからの出口として自殺を試みるような羽目になる。さいわい知り合いのイギリス人が、ほかのホテルで倒れているアラゴンを見つけて彼を苦境から救い出す。自分のホテルにもどると、待っていた小切手が着いたという知らせがくる。
 「よかった、とわたしはつぶやいた……わたしはほんとうにまたやり直そうと思った。わたしはパリに帰ってきて、わたしの哀れな財産を浪費した。それから二ケ月後、エルザに出会ったときには、何ぼかしも残っていなかった」(『アラゴンは語る』)

  おお ヴェネチアよ わが不眠の時よ どれほどの時をわたしはほっつき歩いたのか
  からまっていた裸(あら)わな腕から やっと逃げてきた女のように

  わたしは夜の名残りのただよう街街を通って歩いて行った
  白粉(おしろい)も落さず 半長靴を小わきに抱(かか)えて帰る悲劇俳優のように
  ……
  さあヴェネチアの美しさを歌え おまえの不幸を隠すために
                (『未完の物語』──『アラゴン選集』第三巻)
(つづく)

<新日本新書『アラゴン』>

夜の彫刻
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