大野英子さんにインタビュー(8)兄ちゃんの遺書

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(8)兄ちゃんの遺書

 竹内てるよさんは申されました。

「家中探しなさい。お兄さんの遺されたものが必ずある筈です」
 そして見つけ出したのが一冊のうすい同人誌でした。
 そこに挿(はさ)まれていたのは鉛筆書きの遺書でした。

「生まれてくる
 こんな重大なことなのに
 一言の相談も有りませんでした。
 死ぬ時も
 黙って一人で逝きます。
 やりたい事が沢山有るけれど
 全部止めにします」

 全部止めて抹殺された結社『新世紀』の同人たちでした。

(『続・九十歳のつぶやき』──兄ちゃんの遺書)

<大野貞純さんの遺書は『新世紀』にはさんであったのですか?>

そうです。覚悟して逝ったのです。

<この年(昭和10年)貞純さんは旺盛に詩や短歌を創作し、20篇を超える作品が『詩と歌謡と』『詩人時代』などの雑誌に掲載されています。「……誌友諸君、秋だ、秋だ。しっかり勉強しませう。身體が肥えるだけぢや馬と同じですから……」(『詩と歌謡と』昭和10年10月号「談話室(誌友通信)」)が最後の投稿のようです。創作意欲に燃えていた21歳の貞純さん。なんと無残な、無念なことでしょう>

治安維持法のために何もわからないまま亡くなった人が3万とも4万とも言われています。
人数について赤旗の記者が調べてくれたが、手がかりがなくて何にも分からなかったんです。


<博光も学生時代の経験を書いています。活動家が捕らえられ、そのまま消されたと>

治安維持法が 大手を振ってのさばっていた
眼つきの悪い ハンチングをかむった犬どもが
いたるところ 路地や木かげにつっ立っていた

きのうまで いっしょに歌っていた学友たちが
忽然と姿を消して 二度とは現われなかった
それは 神かくしではなく 狼かくしだった(「治安維持法の時代」)


ひるひなか 街なかで人間がひっ捕えられ
留置場に投げ込まれて なぐりつけられ
からだじゅう紫腫れになぶり殺された
小林多喜二のように 裁判抜きで

きのうまでいっしょに働いていた仲間が
きょうはもうどこにも姿をみせない
生きてるのか死んでるのかわからない
まるで神隠しに遭ったように
人間が忽然と消える そんな時代だった(「神の国」考

治安維持法
治安維持法反対集会への弾圧(『文化評論』1974年4月)
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