『天皇をどうみる 111人の直言』を読む

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侵略的な圧政の体制をバクロ

『天皇をどうみる 111人の直言』を読む   大島博光

 このところの天皇・天皇制美化キャンペーンの異常さは目にあまる。マスコミによるⅩデー準備が取沙汰され、近くは全国高校野球大会で前例を破って、天皇の孫の浩宮が始球式をおこなった……

 こういう状況で、『天皇をどうみる──111人の直言』が全国革新懇によって刊行されたのは時宜にかなって意義深い。
 戦争を体験した世代の証言者たちの多くは、息子や夫を戦争で殺された肉親たちの嘆きをとおして、あるいはまた、兵隊として軍隊生活を送った体験をとおして、天皇制軍国主義の残酷な正体をあばいている。
 また治安維持法をふりかざして、人民を虫けらのように弾圧し、虐殺した天皇制の暗部をあばいたものもある。
 また多くの宗教家たちは、天皇制がいかに多くの宗派を弾圧し、信仰の自由、思想良心の自由を奪ったかを証言している。

 そして天皇制ファシズムは天皇の名において戦争を始め、天皇の名において赤紙一枚で国民を戦争と死に駆りたてたのだから、天皇の戦争責任は逃れようもなく明らかである。この点でも証言は一致している。
 これらの証言はすべて、天皇・天皇制が侵略的苛酷な圧制の体制であったことをバクロしている。そのためにあらゆる不合理な仕掛、装置がでっちあげられた。それによって国民の人間としての自由は奪いとられ、人間性をふみにじられた。こういう天皇制は民主主義と無縁のものとなり、異質のものとならざるをえない。そこからして「天皇制を廃止しないかぎり、日本の民主化は決して実現できない」(南博氏)し、「日本国民が人間として自由になるためには、どうしても天皇と天皇制をなくさねばならない」(塩田庄兵衛氏)のである。

 多くの証言者はまた小学校における儀式での、校長の教育勅語「奉読」、皇居遥拝、「御真影奉安殿」にたいする礼拝の強制などを語っている。不合理なものを信じこませるために、子どもたちの柔かい頭脳に、この不合理なものをたたきこんだのである。子どもたちが大きくなって軍隊に入れば、この天皇崇拝の野蛮な教育はさらにエスカレートした。こんにちの教育「審議会」の目標も、東郷平八郎の教科書への登場も、ふたたびこの反動教育の道を復活させるものにほかならない。
 このような軍国主義教育の影響からの転機について、高野彬氏は語る。「転機になったのは……治安維持法の兇暴な弾圧に屈せず不屈にたたかった人びとの存在を知ったときでした。」また国宗直氏も「〈軍国少年〉の転身」について語っている。「あの暗黒の時代に一貫して戦争に反対していた人たちがいた……共産主義者といわれる人たちの生き方に新しい時代の灯を見いだす思いでした」

 また多くの証言者が、天皇・天皇制を利用する勢力について言及している。
そこにはアメリカがあり、日本独占資本がいる。天皇・天皇制は「二十二個師団分に相当する」と言って彼らは、その人民支配の効用をみとめている。「彼ら(反動勢力)のかつぐ御輿(おみこし)はいつも天皇である。マスコミがその提燈持ちをする」(作間謙二郎氏)のである。
 王制を倒し、「自由・平等・友愛」の人権を宣言したフランス大革命は、来年で二〇〇周年を迎える。それとは逆に、およそ一〇〇年おくれて、絶対的天皇制は創始された。それは日本人民にとって、「皇室国家に生まれた喜びと誇り」どころか、はてしない不幸・悲惨であった。まさに諸悪はここに発したのである。
        (詩人)
 (『天皇をどうみる──111人の直言』は全国革新憩〈☎03-291-8421〉刊、一〇〇〇円)

<『赤旗』1998年9月11日>

『天皇をどうみる 111人の直言』
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