アラゴン──モロッコ戦争・入党(4)入党

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 入党

 共産党に入党することは、アラゴンにとって、まず自分自身との長い闘いの過程にふみこむことであり、苦悩にみちた長い自己変革の道を歩き始めることであった。その苦悩にみちたエピソードは、『共産主義的人間』から『未完の物語』へと、くり返し語られることになる。

  彼らは 夢を抱いて 四方からやってくる
  古い砂と泥とを ごっちゃに ころがせながら
  四方からやってくる いかに美しいうそ八百も
  彼らを おしとどめることはできなかろう

  あともどりも 懐疑も ひよりみも 混乱も
  逆流も 臆病風も つまずきも かまうまい
  デルタの燈心草も 浮き草も 何ものも
  海へと向かうこの流れをおしとどめることはできない
           (「どのようにして水は澄んだか」──『眼と記憶』)

 これは、人びとがどのようにして党にやってきて、どのように「古い砂や泥」をころがせてきた水が澄んだかを、ずっとのちにアラゴンが歌った長詩の一部分である。あともどり、懐疑、ひよりみ、臆病風、つまずき……これはアラゴン自身がたどった道でもある。アラゴンを労働者階級の党の隊伍のなかへとみちびき、その活動と闘争へとみちびく道は、けっしてまっすぐなものでも平坦なものでもなかった。
 「五年、わたしは五年(一九二二年─一九二七年)を過した。わたしの友人たちとわたしが思い描いていた詩的世界への度外れの崇拝や、わたしが身を投げようとした大きな渦巻や、いろいろうんざりするつまらぬことに捉われて。ためらいと逆もどりの五年。それはシュールレアリスムの華やかな輝かしい時代だった」(『社会主義レアリスムのために』)
(この項おわり)

(新日本新書『アラゴン』)

アラゴン

入党の年(1927年)のアラゴン

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