アラゴン──少年時代

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 少年時代

 一九〇八年、十一歳のアラゴンはヌィーイのサン・ピエル校の第六学級──日本でいえば中学一年級に入学する。
 一九〇九年七月、学年末に作文部門の一等賞賞品として『モーリス・バレースの文学生活二十五年』を与えられる。それはアンリ・プレモンの序文のついた選集だった。若き日のバレースは、アナーキストで、その唯美主義と「自我崇拝」──ガローディのいう「抒情的個人主義」によって、ひろく読まれていた。アラゴンはバレースの文学にふれて、大きな影響をうける。「……この本を読んだとき、太陽がばっと射し込むような思いだった。それがわたしの人生の方向を決定づけたといっても、言い過ぎではない」(『スタンダールの光』)
 このバレースをとおして、アラゴンはまたスタンダールを読むようになる。
 「わたしは、母が予約していたヌィーイ街の図書館から、虫にくわれた表紙のぼろぼろの『パルムの僧院』を、みんなが教室でこの本のことを話しているという口実で借り出したが、レナール家におけるジュリアン・ソレルのようには振舞えなかった。……スタンダールを読みたいという誘惑を与えたのは、バレースだった。一九〇九年──一〇年には、サン・ピエル小学校でも、高等中学でも、スタンダールは教えなかった。アンリ・ベール(訳注スタンダールの本名)は、若干のもの好きか、スタンダールの愛好者たちに独占されていた……つけ加えねばならぬが、バレースはヌィーイに住んでいて、ブーローニュの森でわたしの父に挨拶するバレースの姿を、わたしは見たことがある……彼は五十代で、すでに田舎紳士のような風采をしていた……このひとがファブリス・デル・ドンゴを崇拝しているのだ、とわたしは驚きをもってつぶやいた」(『スタンダールの光』)
 少年のアラゴンが心酔したスタンダールとバレースは、俗悪なブルジョワ精神にたいして、いずれも憎悪を抱き、ほとんど生理的な嫌悪をしめしている。のちの『屋上席の旅行者たち』の初めの部分は、ほとんどスタンダール風な舞台のうえで進行し、またそれにたいして、『オーレリアン』における、自分の環境から逃げだすベレニスの肖像やその名まえには、バレースへの敬意をうかがうことができよう。
 また少年のアラゴンがゴーリキーを読んだ思い出もここに書きそえなければならない。
 「あるグルジアの若い女がわたしにゴーリキーを読ませた。わたしは十二歳だった。その若い女の思い出は、『バーゼルの鐘』のなかのひとりの主人公に大いにかかわりがある」(『ソヴエト文学』)

 一九一四年七月、アラゴンは一回目のバカロレア(大学入学資格)のラテン語・理科をパスし、一九一五年七月には、二回目のバカロレアの哲学をパスする。一九一五年から一六年にかけての学年では、P・C・N(医学部進学のための物理・化学・博物修業証書)をもって医学の勉強を始める。ソルボンヌで植物学と生理学の課程をつづけ、「海洋研究所」のポルチエ教授の実験室で細菌学と生物学を研究する。
 しかし、静かな研究生活をつづけることを時代がゆるさなかった。第一次世界大戦が始まっていたからである。

  それは 孤独の時代だった
  おお 苦業のような長い研究生括
  勉強した すべての記号が
  夜には 星くずになってしまった
  生活とは 暗記することであり
  黒板のうえの 白い数字だった
  そして人がヴィミーで死んで行った時
  わたしは 解剖学を勉強していた
                   (『未完の物語』)

 アラゴンは少年時代に別れを告げて青年となり、一九一七年、医学生として動員されて軍医補になるためヴァル・ド・グラース(軍医学校) にはいる。

  わたしは兵営で二十歳(はたち)をむかえた
  痩せた身に 青い軍服を着た若者は
  ろくにめしも食わず 夢ばかり見ていた
                      (『未完の物語』)

 ヴァル・ド・グラースで、彼は、同じく動員されてきた医学生アンドレ・ブルトンと出会う。アラゴンは回想する。
 「……翌日、四時半の放課後、われわれは再び出会って、夕食を忘れて、七、八時、ヴァル(ド・グラース)に帰るまで、ラスパイユ大通りをのぼったりくだったりして長い散歩をした。それはわれわれ二人にとって、われわれの人生の重要な時代の始まりとなった……。
 その夜、いろいろなことを話しあって、われわれは、われわれにとって驚くべきひとつのことに気がついた。それはわれわれがおなじ詩人たち、マラルメ、ランボオ、アポリネール、ロートレアモン、アルフレッド・ジャリ……に関心を抱いていたことである。その当時、誰がそのような選択をしたろう? 誰も、まったく誰ひとりとしていなかったのだ」(『アラゴンは語る』)
 当時まだほとんど知られていない詩人たちにたいする二人の若者の共通の讃美、傾倒……そこから彼らの友情がうまれ、ひとつの運動、ひとつの道が始まることになる。ダダからシュールレアリスムへの道が……。
(この項おわり)

<新日本新書『アラゴン』>

星の王子さまバラ
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