丸山亜季先生がご逝去

ここでは、「丸山亜季先生がご逝去」 に関する記事を紹介しています。
 作曲家の丸山亜季先生が11月16日、群馬県玉村町の自宅でご逝去されました。
 子どもたちのためにたくさんの歌を作曲し、「音楽教育の会」の研究者として指導的な立場で活動され、群馬や埼玉をはじめ、全国の保育園、学校などで音楽教育の普及指導を行っていました。博光の作品に作曲した「春がきたら」や「ぼくはパルファン川の歌声を聞く」などは多くの子どもたちに歌われています。

 博光の作品に作曲したのは「ぼくはパルファン川の歌声を聞く」(グエン・スオン・サイン原詩)が最初で、ベトナム戦争の頃赤旗に載ったこの訳を読んで感銘を受け、読んだその晩に作曲に取りかかったそうです。その後、「フランスの起床ラッパ」を読んで感動し、アラゴンの「薔薇と木犀草」やエリュアールの「自由」などに曲をつけました。
 記念館オープン後しばらくして訪れ、「記念館で新しい創造活動が展開していくだろう、大切な事がつくり出されて行く世界となるだろう」と期待を語りました。2009年10月の「丸山亜紀先生を囲む詩と歌の集い」や2010年11月3日の「大島博光生誕100年記念のつどい」に大勢の音楽教育の会の皆さんと一緒に出演し、感動的な合唱と話で集いを大きくもりあげて下さいました。
 これからもご活躍を期待していましたので大変残念です。これまでの大きなご支援に感謝し、ご冥福をお祈りします。

丸山亜季

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