工ルザの死・『告別詩集』(後)スラヴァにおくる歌

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 一九七〇年十二月のある夕べ、サン・タルヌのエルザの墓の前で、ソヴエトの高名なチェロ奏者ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチが、バッハの「サラバンド」を追悼演奏した。そのときの感想をアラゴンは「スラヴァにおくる歌」に書く。スラヴァとはロストロポーヴィッチの愛称である。

  スラヴァよ またわたしのために奏でてくれ給え
  死者たちへのサラバンドを
  とある夕べ ブタペストの夕べ
  群衆にまぎれたわたしひとりのために
  わたしの夜をつくりなす わが愛する面影へのあの嘆きの歌を
  きみが奏でてくれたように

  さあ行こう わが「不滅の女(ひと)」の眠る墓へ
  わが「眠りの森の美女」がひとり眠る墓へ
  ……
  友よ見よ われらの大きな石の寝床を
  いつかあるすばらしい日 わたしはそこに行って寝よう
  そこに二人でいるのは 昔のように甘美であろう
  ……

 エルザの墓の前で──やがてアラゴン自身も入るであろう墓の前で、ロストロポーヴィッチのチェロ演奏を聴きながら、詩人はエルザへの消えやらぬ愛をうたうと同時に、おのれの死をもかいま見ている……。

新日本新書『アラゴン』
「スラヴァにおくる歌(抄)」
お墓
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