工ルザの死・『告別詩集』(前)

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 工ルザの死・『告別詩集』

 一九七〇年の初め、数年来病気だったエルザの『夜鳴き鶯は夜明けに黙る』が遺書のように刊行された。そして一九七〇年六月十六日、エルザは発作を起こし、サン・タルヌーの別荘で死んだ。この風車小屋(ムーラン)には、彼女が丹精こめた花々が咲きほこっていた。アラゴンはただ家のなかを歩きまわっていた。その深い悲しみはひとをよせつけないような孤独をつくり出していた。
 葬儀は共産党によって行なわれた。サドゥールの葬儀のときと同じように、枢はモンマルトル大通りのユマニテ社のホールに安置された。パブロ・ネルーダが切々とした悼辞を述べた。葬列はサン・タルヌーの庭園の墓所に向かった……。
 アラゴンはあとにひとり残された者の苦しみ・悲しみを味わうことになる。
「エウリディケは死んでしまった。その過ちはほんの小さなものだったとしても、オルフェウスには生きてあとに残ったということがまさに罪なのだ。おお、バッカスの巫女たちよ、きみらにお礼を言おう。きみらはその手で詩人オルフェウスを引き裂いた。そのおかげで、彼は生き残ることもなく、愛する妻エウリディケを地獄から連れもどさなかったことを嘆き悲しまずにすんだのだ。引き裂かれ、手足をばらばらにされた彼をわたしはうらやむ。彼には、孤独で過ごす夜々もなければ、夜のなかを狂人のようにさまようこともなかったろう。」(「あとがき」──『ウ一ロップ』一九七一年六月号)
 アラゴンはふたたび青春時代のように、夢遊病者のようにさまよう。身なりも、いままではエルザがほとんどクラッシック調に抑えていたのに、とつぜんイヴ・サン・ローランのちょっときざな流行の服をまとい、バイロンのようなつば広の帽子をかぶって、サン・ジェルマン・デ・プレのあたりをさまよう。その嘆きの歌は『告別詩集』(一九八二年)のなかにみいだされる。

    (抄)

  さあ 呻くのをやめろ
  呻く男ほどに 滑稽なものはない
  泣く男のほかには
     *
  わたしはさまよう
  影の匕首をふところに
  わたしはさまよう
  記憶のなかの猫を抱いて
  わたしはさまよう
  花の色褪せた花瓶や
  黄色くなった写真を抱いて
  わたしはさまよう
  繕(つくろ)いようのない破れた服を着て
  わたしはさまよう
  大きな穴の開いた心を抱いて
     *
  わたしはまた眠れない人たちのために語る
  その人たちは孤独ではない わたしは彼らに似ているのだから
  わたしはまた死にそこなった人たちのために語る
  それなのになぜきみたちは言うのか
  わたしがエゴイストだと
     *
  人生は棘だらけだ
  それがやはり人生なのだ

(つづく)

<新日本新書『アラゴン』>
エルザ
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