大島博光とフランスの文芸誌『ウーロップ』Europe - revue littéraire mensuelle

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大島博光とフランスの文芸誌『ウーロップ』   大島朋光

■世界の革命詩人を翻訳
 大島博光が取り組んだ仕事に海外詩の翻訳・紹介がある。フランスの抵抗詩人を主な対象に詩作品を翻訳し、評伝を書いた。ランボオ、アラゴン、エリュアール、ギュビック、ゴーシュロンらである。スペイン語圏のネルーダ、マチャード、アルベルティらも同様に取り組んだ。
 一方、それ以外の国の詩人についても、革命運動に参加した詩人を中心に翻訳した。『ベトナム詩集』『フイ・カーン詩集』のように出版したもの、新聞や詩誌などに発表したものもあれば、原稿用紙に清書して残したものもある。国別に挙げると、トルコ(ヒクメット)、ギリシャ(リトソス)、ボスニア(シドラン)、ニカラグア(エドウィン・カストロ、クアドラ)、グァテマラ(ミゲル・アンヘル・アストゥリアス)キューバ(ニコラス・ギジェン)、ベトナム、モザンビーク、アンゴラなどである。これら世界の詩人に出会う最大の場所がフランスの文芸誌『ウーロップ』であった。

■世界を見渡すヒューマニズムの文芸誌『ウーロップ』
 『ウーロップ』(Europe:ヨーロッパ)は一九二三年にロマン・ロランらにより創刊された輝かしい歴史をもつフランスの月刊文芸誌(年八回刊)である。第二次大戦中に中断されたが一九四六年、アラゴンにより再刊された。エリュアールやエルザ・トリオレ、ゴーシュロンも編集委員をした。長くピエール・ガマラが編集長をつとめ、現在はドブジスキーが担当している。
 ヒューマニズムを基調に世界中の文学者を取りあげ、フランス語に翻訳して掲載している。フランス語が世界の文化の一種の共通語となっていることを感じる。例えばアフリカの詩はフランス語か英語で書かれることが多いという。また一九六〇年代にはベトナムの民族解放闘争の高まりを反映してベトナムの現代詩の特集が組まれるなど、時代の動向に敏感である。
 大きさは日本の一般的な文芸誌(A5版)より縦長で厚い。表紙はシンプルで、特集した文学者の写真や肖像イラストなどが多い。一九七四年一・二月号(ネルーダ プレゼント)表紙はネルーダの葬儀の写真で、マチルデ夫人と支持者たちが棺を囲んでいる。ヒクメットの特集号の表紙は鋭い眼差しの作家の肖像イラスト、ベトナム文学の特集では水牛の背でベトナムの少年が横笛を吹くのどかな写真だ。

■海外詩の情報源
 世界の抵抗詩人に関心を持ち、彼らを日本に紹介するのが自分の役割だと自負していた博光にとって、『ウーロップ』は重要な情報源だった。気に入った詩人や作品を見つけると書き写し、翻訳してノートや原稿用紙に書いた。原稿が挟み込まれていたり書き込みのある『ウーロップ』からは博光の〈勉強〉の跡をたどることができる。

■晩年の病床でも愛読
 最晩年の2年間、入院生活を送った間も『ウーロップ』は座右の友だった。フランス語の辞書とノート、万年筆を枕元に置き、フランス語の本を読んでいる老人患者に看護婦さんはびっくりしていた。
 山のようにたまった博光の『ウーロップ』は今、松代の博光記念館の書庫に他のフランス語の原書といっしょに眠っている。
  (二〇一四年十月)

<『狼煙』76号より>
ウーロップ
ウーロップ


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