シャトーブリアンの大量処刑(中)シャトーブリアンで銃殺された人たち

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 一九四一年の秋、詩人ルネ・ギィ・カドゥは、ちょうどシャトーブリアンの近くのサン・オーバン・レ・シャトーに住んでいた。十月のある朝、かれは自転車にのってシャトーブリアンにゆく途中、砂採り場へ人質たちを運んでゆくトラックを見た。そのイメージはかれのなかで消えることなく、長いことあたためられて、ついにひとつの詩となった。

 シャトーブリアンで銃殺された人たち
                        ルネ・ギィ・カドゥ

かれらは 空を背にして立っていた
かれらは三十人ほどで 空を背にして立っていた
うしろに 全生涯を背負って
過ぎた日の愛の記念碑である自分の肩を見て
かれらは 感動でいっぱいになる
かれらには たがいに交わす言葉もない
もう二度と別れることはないのだから
あるものは むかし小学校に通った
生まれ故郷の小さな村を思い出し
あるものは わが家の食卓に座っていて
友だちと握手をしているような気になる
だが かれらはもう 夢みる故郷にはゆけない
死んでゆくかれらを見やる あの兵隊どもより
かれらは はるかに偉大だ
かれらの間には 殉難者とそうでない者との違いがある
風があたりを吹きすぎ かれらは歌う
かれらにとって ただひとつ無念なのは
湧きあがり鳴りひびく歌の文句が
これからかれらを殺す兵隊どもには分らないということだ
かれらは 会合には几帳面で
ほかの人たちより 進んでさえいる
だがかれらは言うのだ 使徒などではないと
すべては 単純だ
とりわけ 死は単純なことだ
自由は生き残るのだから と

(つづく)

<『レジスタンスと詩人たち』>
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