フイ・カーン詩集『東海の潮』あとがき(5)祖国愛をうたう

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<祖国愛をうたう>

 「わが少年時代のドン・バ街」では、近い過去、遠い過去を喚起し、路上の芸人たちのきわめて魅力的な姿を描いている。

 日曜日の夕ぐれ 街はずれの木の根もとで
 二人の子どもを連れた 盲目の歌手が
 身ぶりも豊かに 「砦の占領」を物語る
 ひとの心をひき裂くような調子で語り歌う

 盲目の歌手がうたう「砦の占領」は、おそらく侵略してきた外国軍の砦を奪取した英雄たちの叙事詩であろう。だからそれは、聞く人びとの心を「ひき裂くように」ひびき、祖国愛をよび起すのである。
 中世ベトナムの大詩人グエン・チャイは祖国愛についてこう歌った

 わたしの心には あの古い祖国愛がある
 それは夜も昼も 東海の潮のようにとどろいている

 フイ・カーンもまた祖国愛をうたう。「年の始めの詩」のなかでは、祖国愛は、母国語であるベトナム語とむすびつけて歌われている。

 わたしの祖先はわたしに言葉を与えてくれた
 奇跡的なべトナム語を
 その抑揚が自然の扉を叩くとき
 自然はその秘密をすべてわたしに明かしてくれる
 それが人間のこころの扉を叩くとき
 人間のこころは内奥の秘密をわたしに打ち明けてくれる
 ベトナム語はなつかしいわたしの住み家だ
                 (「年の始めの詩」)

 子どもの時からやさしく包まれてきた母国語──うつくしい抑揚に富み、豊かな表情をもったベトナム語の魅力を賛えた後、詩人は祖国愛をつぎのようにユーモアにみちて歌っている。

 わたしが生まれた時 わたしのへその緒は
 生まれ故郷の村の土に埋められた
 しかし 大人になってからは この大銀河系から
 わたしの心と魂の祖国から
 自分のへその緒を切り離したことは一度もない
                (「年の始めの詩」)

 しかし、このような祖国愛も、「世界の人民への挨拶」にみられるような国際的連帯や人類愛の妨げとはならない。それどころか、このような祖国愛は国際的連帯への条件でもある。そして詩人はその人類愛を、「天の火を盗んだ」プロメテのイメージをとおして歌っている。

 人類の共同の財産として
 火を配って与える
 それなのに 臓腑はひき裂かれ肝臓は啄まれる
 それが気高い使命への報いなのだ
 禿鷹は数千年来 肥りつづけた
 だが 大地を輝かせる火も燃えつづけた
                 (「コーカサスでプロメテを想いながら」)
(つづく)

フイ・カーン詩集『東海の潮』
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