犯罪はグラナダで行われた

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犯罪はグラナダで行われた



 一九三六年七月、生まれてまだ若いスペイン共和国にたいして、フランコ・ファシスト軍が反乱を起こし、スペイン人民に襲いかかった。フランコ軍をヒットラーとムッソリーニが支援していた。ファシストたちは、いち早く、詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカを血祭りにあげた。一九三六年八月一九日未明、ロルカは故郷グラナダ郊外、ビスナルのオリーヴ畑で銃殺された。「ピストルによるよりもずっと大きな害悪をペンによって与えた」│というのがその逮捕理由だったといわれる。マチャードは、彼のあとを継ぐ、次の世代の詩人ロルカの死を知ると、怒りの声をあげ、『犯罪はグラナダで行われた』を書いて、ファシストを告発し、ロルカの死を悼んだ。

 友よ 建ててくれ/石と夢の墓を──アランブラに
 詩人のために/水のすすり泣く 泉のほとりに
 そうして永遠に伝えてくれ/犯罪はグラナダで行われたと

 「アランブラに・・・水のすすり泣く 泉のほとりに・・・」──グラナダのあのイスラムのアランブラ宮殿と有名な「獅子の中庭(パティオ)」の水盤、ヘネラリーフェ庭園の泉などを思い浮べれば、そしてそれが秘めているイスラム王朝の悲劇を思えば、マチャードがロルカの墓に託した想いは、歴史の悲劇とひびき合って、きわめて深いものであったろう。こうして「犯罪はグラナダで行われた」という詩は、マチャードの詩のひとつの集大成であり、かれの詩の頂点をなすものと言えるだろう。

(『マチャード/アルベルティ詩集』)

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