出発まぎわのさようなら

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アンゴラの詩

出発まぎわのさようなら

                アゴスチニョー・ネトー 大島博光訳

おっ母さん
おっ母さんは おいらにさとしてくれた
希望を抱いて じっと待ってろ と
苦しい時に 自分でもそうしてきたように 

だが おいらの
そんな あやしげな希望なんかを
みじめな暮しが ぶちのめしてしまった

おいらはもう じっと待ってなんかいるものか
みんなが おいらの方を待っているんだ

ほんとうの希望ってのは おいらなんだ
まっとうな暮しをとりかえすために
たたかいに出かけて行った
あんたの子どもたちなんだ

おいらは 未開の植民地の 裸かの子どもだ
まひるの土手のうえで
ぼろきれのボールで遊ぶ
学校もない 餓鬼どもだ
そのおいらまでが
焼けつくようなコーヒー畑でこき使われ
白人をうやまい
金もちどもをこわがらねばならねえ
いっぱしの黒人なんだ

おいらは 電気もつかねえ
黒人部落の子どもだ
おとなどもは 死にもの狂いの
太鼓のリズムで 踊り狂って
やけ酒に酔いつぶれている
あんたたちの子どもは
すきっ腹で ひもじいんだ
のどが かわいているんだ
あんたを おっ母さんと呼ぶのが
恥かしいんだ
町中を通るのが こわいんだ
大人たちが 恐ろしいんだ

だが おいらこそ
まっとうな暮しをとりかえす
希望なんだ

 アゴスチニョー・ネトー ──一九二二年アンゴラに生れる。リスボンで医学を学んだのち、アンゴラとポルトガルの新聞雑誌に詩を発表している。

(自筆原稿)
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