ひとりの党員詩人 島田利夫について

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 ひとりの党員詩人 島田利夫について                                                      大島博光

 『夜どおしいっぱい』の詩人島田利夫は、去年夏、谷川岳一の倉沢で死んだ。二十七才の若さだった。死後、未発表の詩を書きこんだ大学ノート一冊が見出された。そのなかには、この『夜どおしいっぱい』のほかに『夜空は瀝青(チャン)』『みぞれの歌』などの詩が書きこまれていた。それらの詩はいきいきとした芸術性と実践性との統一から生まれたものばかりで、わたしは深い感動をうけずにはいられなかった。わたしはこころのなかで叫んだ。「ここにこそ、ひとり党員詩人がいる!」と。しかもかれはもう死んでしまったのだ。もうとりかえしはつかない。深い哀惜があるばかりだ。
 かれは昭和二十三年に入党した。その頃『花』というサークル誌をだして、抒情に富んだうつくしい詩を書いていた。祖国愛をうたった『ふるさとの川の岸べに』は『日本ヒュマニズム詩集一九五二年』(三一書房)に収められている。その後、党活動に専念するようになって、しばらく詩を書かずにいたらしいが、死ぬ一年まえにふたたび書きはじめた。それがこの大学ノート一冊となった。そのなかにはつぎのような詩句も見られる。

 星より強い お前の労働
 星より強い お前の希望……
 そしておお お前の忍耐!

 これらの詩句はかれが困難なくるしい活動のなかでも、労働者階級の未来に希望を燃やしつづけ多くの苦しみにもじっと耐えてたたかいつづけていたことを、物語っている。
 『夜どおしいっぱい』では、働くものの、行動するものの息吹き、リズムが、カづよいうたとなっている。「夜どおしいっぱい」という力づよいリフレーンが、この詩に重い余韻をもたせながら、この詩をぐっとひきしめている。それはまるで、夜どおし「生身をこがしながら働らくものの張りつめた気もちと怒りそのもののようだ。泣きごとなどは言っておられぬ……ここにこそ、この詩人がその実践活動から身をもってひきだしてきた行動のひびき、行動のうたがある。そうしてこのような、おのれの身をもってとらえた現実のひびきと思想性ほど、こんにちわれわれの詩にとって大切なものはないであろう。
 島田利夫はマヤコフスキーに傾倒していた。そこから、力づよいリズム、簡潔な表現法をまなびとったことは、この詩からもよく読みとれよう。
 いま、かれの遺稿集の発刊が生前、かれに親しかった同志たちの手ですすめられている。それは、すばらしい詩的可能を抱きながら若死にしてしまったこの詩人が、党員詩人として到達していたひとつの高みを示してくれるだろう。(詩人)

(『アカハタ』1958.1.9)

島田利夫について

*来る9月7日、伊勢崎市で開かれる「第7回伊勢崎多喜二祭」で本庄豊氏が島田利夫について講演する予定です。本庄豊氏は島田利夫と一緒に活動し、その遺稿詩集『夜どおしいっぱい』刊行の中心となった故本庄晶氏のご子息です。
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