奈良の街で──大陸で戦死した友 小泉正雄の霊へ

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 奈良の街で
      ──大陸で戦死した友 小泉正雄の霊へ

        彼のふるさと奈良の街で

                           大島博光

奈良にきてまず私は尋ねる
便りの断えた君をたずねる
君は戦地から帰ってはいないか
君はまだ家に帰らぬまでも
明らかな消息(たより)の聞かれぬまでも
地上のどこかに生きてはいないか

だが裏切られる 私の希望は
ただ私を迎えてくれたのは
君が大陸でむなしく死んだと
嘆き沈む老いた母と妻との涙と
君の若き日の喪の写真と
そのまえに無心に踊るひとり子と

写真のなかよりなお責めるように
むなしい死を怒りむせぶように
君の面影はなおも語りかける
私のなかにはうつろにひらく
ひとつの暗い空洞(ほらあな)がひらく
そこに私の言葉はむなしく消える

夜霧に街の灯の煙るもとを
君も夢いだきさまようたものを
友よ見よ ふるさとのこの奈良の街
古塔に映えて若葉よみがえり
そのあたり見なれぬ旗ひるがえり
ひとも鹿も飢えてさまようこの街

友よなお見よ 囚われの奈良の街
その木蔭を走るジープのわだち
古代の牛車よりもなおしげく
くちびるのみ紅い夜の乙女
春日の鹿よりみじめに餌もとめ
眼を伏せ蒼ざめ溢れうごめく

青い首を締められた鳩のように
奈良の街声もなく 奴婢のように
影ふみまよう若葉ののかげに眠る
死を告げる禿鷹の唸りにも覚めず
伽藍と塔を惜しむ嘆きさえ漏れず
街とひとと深く深く眠る

ここにも白を黒という季節
ここにも血と美を裏切る季節
奈良の森奈良の庭でも私は聞いた
血と涙を売るしわ嗄れた声を
ここにで白を黒と言う狼の声を
そうして犬よりも馴らされた若者を見た

だが ここ奈良の街にも怒り立ち
清らかな眼をひらく若者たち
五月の風に明日の日を歌う
昨日と今日のくびきをふり捨て
愛国の八人の若者につずいて
自由と血と美と希望を歌う

友よさらば 君のなき奈良の街
低くうなだれる日本の沼地
詩人は過ぎゆきいらだち問う
誰か誰か血と美を継ぐのは
火と金狼から塔をまもるのは
奈良をさり友を想いなおも問う

(『詩学』9月号)

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