アラゴンと詩集『フランスの起床ラッパ』

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アラゴンとフランスの起床ラッパ

<『前衛』1989年11月号>

この人/この本
アラゴンと詩集『フランスの起床ラッパ』
                           大島博光

 レジスタンスのなかで

 第二次大戦中、ヒットラーのナチス・ドイツ軍がフランスを占領していたとき、フランス人民は多くの血を流して、このファシスト軍とたたかった。それがレジスタンスである。アラゴンの『フランスの起床ラッパ』は、このレジスタンスのなかで、フランス人民の英雄的な闘争をうたった詩集であり、またファシズムの冷酷・暴虐をあばいた歴史的な詩集である。ここにはレジスタンスの時代の、アラゴンの代表的な有名な詩が収められている。
 「神を信じたものも 信じなかったものも……」という有名な詩句をもつ「薔薇と木犀草」は、祖国を侵略した外敵をまえにして、共産党員とキリスト者が共同してたたかった祖国愛と統一戦線をうたったものである。
 また、「責苦のなかで歌ったもののバラード」は、共産党の指導者ガブリエル・ペリがドイツ軍の拷問と責苦に耐えぬいた英雄的なたたかいと死を歌ったもので、「もしもう一度 行けとなら/わたしはまた この道を行こう」という有名なリフレーンはこの詩のなかにある。
 また、「ストラスブール大学の歌」は、ナチス・ドイツ軍によって、多くの教授、学生が銃殺され逮捕された大学の悲劇を歌った詩で、ここには「教えるとは 希望を語ること/学ぶとは 誠実を胸にきざむこと」という有名な詩句がふくまれている。
 このようにこの詩集では、ファシズムの蛮行が暴露され、それにたいして人民の、とりわけ共産党員の英雄的な闘争が対置され、ほめたたえられている。

 反ファシズム闘争の現実

 さて、ヒットラーのファシズムは打ち倒されたが、ファシズムそのものは死にはしない。ファシズムという野獣に生命をあたえ、生き返らせるものがいるからである。それは大衆から搾取し、暴力をもって人民を弾圧し、正義と自由を憎悪するもの──帝国主義である。つまり帝国主義はいつでもファシズムに転化し、ファシズムに化けることのできる怪物である。チリの反革命クーデターを敢行したファシスト・ピノチェットの背後にはアメリカ帝国主義の支援と策謀があったことはよく知られている。
 いま、核戦争にさいして帝国主義者の「理性」や「善意」を期待したり当てにして、階級闘争を抑制したり、その意義を過小評価する「新しい思考」なるものが流布されている。
 しかし、『フランスの起床ラッパ』にみられるような反ファシズム闘争の歴史的現実は、帝国主義者に「理性」や「善意」を期待することが愚かな幻想にすぎないことをしめしており、歴史をつくるのはたたかう人民の力であることをはっきりとしめしているのである。(おおしま・はっこう=詩人)

(『前衛』1989年11月号)
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