ヒクメット「ヒロシマの少女」

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ヒロシマの少女


(自筆原稿)

*博光の「ヒクメット」封筒に自筆原稿「ヒロシマの少女」がありました。別に「死んだ女の子」(印刷物)のコピーが残されていましたが『ヒクメット詩集』(飯塚書店 1972年)で確認した結果、これは中本信幸氏の訳と判明しましたので訂正します。
 ヒロシマの少女
               ヒクメット/大島博光訳

戸をたたくのはわたしです わたしです
あちらこちら すべての戸をたたくのは
わたしの姿が見えぬからとて 怖がらないで
死んだ子どもを見ることはできないのです

わたしがこの世に生きていたのは十年まえ
わたしはヒロシマで死にました
わたしはまだほんの七才の子どもでした
しかも死んだ子どもはもう大きくなれないのです

まず わたしの長い髪の毛に火がつきました
わたしの手も眼も焼けこげました
わたしのからだはひとにぎりの灰となり
風に吹かれて くもり空に消えました

わたしはほんとに何んにもおねだりいたしません
もうどんなものもわたしをあやすことはできません
新聞紙のように燃えてしまった子どもには
もう二どとボンボンもたべられないからです

わたしは戸をたたきます では聞いてください
あなたの署名を わたしにめぐんでください
もう二どと 子どもたちが殺されないために
子どもたちがいつもボンボンがたべられるように
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