戦争にたいして平和を  死にたいして生を!

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 戦争にたいして平和を

 死にたいして生を!

                             大島博光

 トマホークで危機に拍車
                       
 ことしもまた不安な年というよりは、いっそう不気味な年になりそうである。それというのも、巡航ミサイル・トマホークなどという、広島型原爆の二十倍もの、破壊力をもつ、物騒なしろものが、この六月から日本の近海をうろついたり、日本の港に入ってくることになっているからである。それはそれだけ日本の人民と国土がますます核戦場の危機にさらされることを意味する……
 こうしてわたしたちは脅かされている。うわべの平穏と平和のもとで、怖るべき核戦争の危険に脅かされている。一部の金持ちたちは、すでに核シェルターをつくることによって、この恐怖から逃れようとし、自分だけ生き残りたいと願っている。しかし核戦争がおこれば、もうだれも生き残れないだろう。世界で最初の原爆の犠牲となったわたしたち日本人は、この脅威を世界のだれにもまして、身にしみて感じている。
 だからこそ、去年、反核・反戦・平和の運動はもりあがった。文学者たちによる「反核の声明」(一九八二年一月)を始めとして、あらゆるジャンルの芸術家たちによる、もろもろの反核・反戦の集会、催し──音楽会、展覧会、演劇などがくりひろげられた。詩の分野でいえば、「小選挙区制に反対する詩人の会」や「反戦詩人の会」などが、くりかえし集会をひらいて、そこで多くの詩人たちが反戦・平和のために詩を朗読し、あるいは戦争の悲惨を訴えた。愛の詩を朗読することによって、平和への意志を表明した詩人もいた。

 詩人・作家たちの役割

また去年の十一月末には、森村誠一原作の「悪魔の飽食」に脚色した土井大助の台本「荒野の落日」が、永井智雄の演出によって、俳優座劇場において公演された。この芝居は、日中戦争の言語に絶する暗部と深部をえぐりだし、しかも戦後数十年にわたって、その深い傷痕が、その戦争犯罪にいやおうなく加担させられた庶民出の兵士たちを掟(とら)え、亡霊のようにさいなみ、深い沈黙と恐怖のなかにおとしいれていた悲劇をもあらわにしたもので、それは衝撃と感動にみちた反戦劇でもあった。
 このように、戦争と平和についての、人間的な感情、思想を表現することは、詩人・作家たちの役割にぞくしている。彼らが、その党派、信条のちがいを超えて、この運動に参加するのはきわめて自然なことである。そしてまた当然のことながら、彼らは事態の重大さを認識し自覚することから始めている。文学はつねに、それがどのようなジャンルであれ、自覚から始まるのだから……。

 絶望にたいして希望を

 それにつけても、こんど共産党の宮本議長が米ソ両首脳に書簡をおくって、核兵器廃絶をめざしてイニシアチブをとるように提言し、両首脳に自覚をうながしているのは、まことに時宜をえたものであり、世界の人びとにさわやかな衝撃をあたえずにはおかないであろう。
 去年はヨーロッパにおいても、その主要都市において数十万規模の反核集会がひらかれた。晩秋、西独ムートランゲン基地にはパーシングⅡ中距離ミサイルが配備された。しかし、ミサイル配備に反対する人民は、十㌔を超える「人間の鎖」によってこの基地を包囲した。おなじように、巡航ミサイルが搬入された、英国グリーナムコモン基地においても、婦人運動家たちは基地前の雪のうえにテントを張って宿りこんで、反核を叫んでいた……。(日本のテレビがこの映像を放映した)
 こういう状況を反映して、フランスの文芸誌『ウ一口ープ』(一九八三年九・十月号)は「心の中の平和」と題して世界じゅうの詩人や作家たちの小さなアントロジーを特集した。別掲のギリシャの有名な詩人ヤニス・リトソスの『平和』もそのひとつである。
 いまこそ、戦争にたいして平和を、死にたいして生を、不幸にたいして幸福を、絶望にたいして希望をかかげる時である。
(おおしま ひろみつ・詩人)

(『赤旗』1984年2月4日)
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